世の中には「戦略的マーケティング」「戦略的サプライチェーン改革」などのように戦略的というもっともらしい前置きのある言葉が多用されている。これらは特定の事業にべったり接着した機能を定義しているのではなく、事業部門や全社としての競争優位性を高める独立した経営機能の強化を指す。そう、目先の事業に埋没しない高い視座で考えることを前提としている。しかし、現実的には「戦略的」という言葉を弄んだオママゴトが多いように感じるのは僕だけではないだろう。
その最たるものが「全社戦略」。これは大企業のおけるそれと、中堅企業以下におけるそれとはだいぶ趣が違う。大企業の場合は事業ドメインが多岐にわたっている。いわゆる多角化が進んでいる。そればかりでなく地理的にもグローバル化が進んでいる。しかし、変化の激しい現代においては、中小企業においても、また大企業内の事業部においても、マーケットの変化に対応するため、事業ドメインの見直しや新規事業創造の推進に血道を上げている。生きていくためにそうせざるを得ないわけだ。となると、ドメインの大きさを除けば「全社戦略」と同様の価値観で戦略を考えるべき事業体が大半であるだろう。即ち大企業であろうが、中堅企業であろうが、事業部であろうが同じはずだ。
「経営戦略原論(琴坂将広)」によれば、Google ScholarでDiversification Strategy(多角化戦略)と検索すると3万6800件の論文がヒットするのだそうだ。要するにそれくらい多様な考え方があるとともに、その裏にはそれくらい企業のニーズが大きいことを物語っている。
同書によると、「全社戦略(私の視点では事業部の戦略も同様なので、全社を事業部と読み換えていただきたい)として検討すべき4つの要素」には「①組織ドメインの定義・周知・更新」「②全社機能の戦略検討」「③事業領域の管理・再編」「④監査・評価・企業統治」がある。
まず骨格となるのが「①組織ドメインの定義・周知・更新」だ。「組織ドメインとは、組織の生存領域、生存目的であり、ビジョン、ミッション、バリューとも呼ばれるものである。これを定義するのはもちろんのこと、更に組織内に周知し、適宜それを環境の変化に応じて更新し続けることが重要になる」 MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)最近ではミッションの代わりにパーパスと言われることが増えた、は企業の中の日常で語られるようになって久しい。変化の激しい時代には規範をしっかり腹落ちさせたうえで、社員が自由闊達にその土台の上で外の世界の変化を感じながら、他社や顧客と交じり合い化学変化をエネルギッシュ起こしていくことが重要になる。
一昔前の日本企業は組織内の社員の方向をまとめる必要なんてほぼなかった。というか、自動的にまとまっていた。同質な人が集まり、「男性中心社会であり、年齢による安定的な序列があり、長期的に安定した雇用の慣習がある組織では、組織の価値観や方向性の統一は、頻繁な飲み会や週末のゴルフなど自然発生的に生じる構成員間の交流でも可能である」という一種のムラ社会の価値観で統一されていた。MVVなんて必要ないのだ。しかし、現代は「事業が国際展開し、個々人のバックグラウンドに多面的な多様性が生まれると、一定以上人為的な取組を行い、組織の方向性を統一しなければならないのである」
上記のように、変化が激しい世界の中では、社員がアンテナを高くして多面的にマーケットの動きにビビッドでなければならない。正にVUCAの対応方法である。皆が自発的、創造的で、組織の中に共感の輪が作られなければならない。しかし、人々はある目的に向けて束ねられなければならない。それが「全社戦略」の骨格なわけだ。
次に「②全社機能の戦略検討」だ。さて、これは何を指しているのか。事業部の中には事業自体を支援する機能が存在する。例えば、販促、物流、企画、R&D、HR、会計、マーコミなどなど。これら「機能戦略」は「伝統的に戦略の下層(事業戦略の下)に位置付けられていた」昔は、これらの「機能が組織の競争優位を左右する足腰という見方は一般的でなく、差別化をもたらす源泉とは考えらていなかった」しかし、僕の記憶では数十年前に競争優位性を作る重要な要素に「Operational Exellence」が定義され、それらの機能が一気に注目された。ここで最初に書いた「戦略的〇〇」の話につながる。例えば、皆さんも感じていらっしゃると思うが、昨今「戦略的人事(HR)」が注目されている。例えば、イノベイティブな事業開発を目指してるにもかかわらず、礼儀正しくQCDを守り、計画通り実行する枠にはまった人ばかりを採用し、勤怠管理や時間管理を堅く行い、枠にはまった年功序列の賃金体系や昇進昇給システムを頑なに守っていては、目指すべき組織ドメインの実現などできるわけもない。それは経理なども同じ。会計基準や管理会計で何を管理しどう配布するかなど、すべて「全社戦略」とアラインしていなければならないわけだ。全社の(事業部の)MVVがあり、成し遂げたい世界観が明確になったら、それにあらゆる機能がアラインしなければならないのだ。しかし、それができている企業は少ないのではないか。それはリーダーの価値観が旧態依然としたままで、ムラ社会を維持する方向にエネルギーが向いているからに他ならない。
さて、今日はこの辺にしておきましょう。続きはまたの機会に!