戦略とは②

前々回の続きを書こう。「全社戦略(事業部戦略)」の3つ目は「③事業領域の管理・再編」だ。「経営戦略原論」によれば「自社の事業の範囲」を議論することを指す。まずは「多角化」戦略だ。どの事業部であろうが、製品やサービスを増減せずに数十年強化だけ行い、成長し続けていることはないだろう。古くはBCG(ボストンコンサルティンググループ)が定義したBCGマトリックスの4象限のように事業には浮沈が必ずある。商品やサービスにはライフサイクルがあるのだ。だから「金の成る木」で得たキャッシュを可能性のある「負け犬」に投資をしたり、新しい事業を開発したりして、事業の盛衰を判断しマネージしていく「事業ポートフォリオマネジメント」が必要不可欠なわけだ。これは、富士フィルムの医療への事業シフトや、大日本印刷半導体製造装置へのシフトなどご存じのように成功例はたくさんある。一方で、昨今の東芝の分割やGE、ジョンソンアンドジョンソンの分割のような「コングロマリット・ディスカウント」により市場価値を失った企業が事業再編をせざるを得なくなるような、多角化のデメリットとどのように闘うかの問題も内包している。

多角化」とは違う事業展開に「垂直統合」がある。即ち特定の事業の製造販売をしているとした場合の、「川上」「川下」への事業拡大がそれだ。古くは「スマイルカーブ」などと言って、製造業では川上である企画や部品産業と川下であるメンテやサポートが一番儲かり、本業(川中)である組み立て製造は儲からないと言われ、川上から川下まで自社で一貫して行うように事業拡大していった企業も多い。もちろんメリットばかりではない。経営資源を内部に取り込むことで柔軟性は失われていく。どこかのバランスが崩れると重荷になっていく事業が現れるのだ。連結から外して競合他社にまで顧客を広げざるを得ない産業も多い。

もうひとつが「地理的な拡大」だ。シンプルに言えば、国内だけを相手にしていた事業を海外に広げていくことになる。これは産業によってハードルの高さは大きく違うだろう。製品を作って販路だけ広げれば事足りるのか、ITサービス事業のようにローカライズのために現地に根を張ったエンジニアが必要不可欠なのかによって、投入すべき経営資源は全く違う。ハードにおけるメンテ体制の構築もしかりだ。

多角化」は即ち事業ポートフォリオをどのように変革させていくかということに他ならない。事業部長や経営陣の最も大きな使命と言ってもいい。限られた経営資源をどこに投入するのか、自社の資源を使い必要な人材は育成するのか、スピードをどうマネージするのか、大胆にM&Aで資源と時間を買うのか、多角化した時のガバナンス体制はどのようなスタイルでどのような体制で行うのか、そのためのキャッシュをどのように調達するのか等々、すべて実現可能性の高いレベルでプランニングして実行しなければならないのだ。近年は、自社のキャッシュを投入できず、その事業を切り離しVCなどに投資をしてもらい、別会社として独立させ成長を目指す「カーブアウト」という手法もメジャーになり始めている。そのように、経営陣は常に爪を磨き、時代に合った手法を学び、即応できるチームを育て続けなければならないのだ。ケーススタディーはたくさんある。GEやシーメンスなどは分かりやすいだろう。シーメンスのヘルスケアシフトなどは見事な成功例だ。つい先日も「医療プラットフォーム」をリリースし、日本国内にも進出してきた。それは既に世界各国で4万2千以上の医療機関に使われているらしい。驚いた。実は、事業シフトの実態やその本質を理解している日本人は、想像以上に少ないのではないだろうか。

 

4つ目が「④監査、評価、企業統治」だ。実際自ら事業展開している人たちにとってはピンとこないかもしれない。しかし、これは企業において生命線であり、重要な「機能戦略」なのだ。企業ではないが、昨今の日本大学の不正問題を考えてほしい。最近ではある理事が不正を働いたばかりでなく、理事長も多額の不正報酬を受けていたとの報道もあった。その真偽のほどはべつにして、大学の経営陣たる理事会、更に評議員会が全く機能していなかったことになる。これが皆さんの事業部や企業だったらと想像するといい。企業が社会の中で存在できるのは法律はもとより社会通念や倫理を守ることが必要不可欠だ。全社機能として、取締役会、監査役、監査組織、事業ラインのスタッフなどが適切に配置され、責任と権限をもって④の機能を発揮できているのか。それが事業ラインの社員と信頼関係が構築されているのか。それら機能が発揮されているかと言って、がんじがらめな身動きが取れないルールで縛り付け、しつこい位の承認プロセスを義務づけたりすれば、現場の意欲は削がれていく。イノベイティブなチャレンジは身を潜め、不確実性の低いことしかしなくなる。変化の激しい時代はそれでは成長などできるわけもない。欧米企業にますますおいていかれる。不確実でも試してみるしか生きる道はないのだ。だから、④の本質と信頼関係が大切なのだ。自由闊達な企業カルチャーを推進し、リスクに向き合い、実際大けがをしないようにスタッフがオーナーシップをもって伴走する、そのようなカルチャーを定着しなければならない。これは経営陣の仕事だ。企業や組織は必ず老化するのだ。これは絶対に忘れてはならない戒めだ。幹部や組織トップは常にそうならないように目を光らせていなければならない。それは自分を映す鏡を見続けることと等しい。もちろん、幹部でなくてもそれに気付いた社員は、幹部に向かって躊躇せずに警鐘を鳴らさなければならないのだ。

 

経営学」というと頭でっかちな学問かと誤解している方も多いが、それは大きな間違いだ。時代の変化の即した企業のあるべき姿や、成長を支える考え方、社会から求められる企業のパーパスの変化、国柄や企業カルチャーの違いによって成否が決まっている事実を知って学ぶことの大切さを痛切に実感すべきだし、学ばずして昭和の感覚で古い価値観や手法を押し付ける古いマネージメント層は一掃されないと、日本企業は生き残れない。

日本においても近年スタートアップの成長が著しい。投資家のサポートも厚くエコシステムができている。しかし、実は彼らには上記「全社経営機能」をちゃんと回す能力が絶対的に欠如している。そこに厚くコストをかけられないのだ。しかし、事業が順調にスケールしていけばそんなことを言ってはいられない。適切な機能を社内に持たざるを得ない。アウトソーシングできることも限られている。順調にスケールした優れた新興企業は優れた機能リーダーを配している。HRやファイナンス、デジタル化などの戦略的で先進的な若いリーダーをヘッドハントしている。その一部はメディアにも頻繁に登場し、ダイナミックで尖ったビジョンを語っている。その多くは、大企業が見習うべき視座を与えてくれるのだ。

 

仕事柄企業の幹部候補の方々にお会いし議論する機会が多い。現場のリーダーの多くはハンズオンで経験を積む。しかし、そのほとんどは自らの事業を成功させるための行動にフォーカスする。しかし、それだけでは将来幹部になるために必要な要素を満たせない。自分にはどのような見識や知識や経験が足りないのかは薄々分かっているでしょう。分かっていない方は、とりあえず「グロービス学び放題」のメニューを見てみるといい。無料で多くのコンテンツエッセンスを動画で見ることもできる。それをざっと観るだけでも自分に欠けているものが何なのかは分かるはずだ。

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あなたの鏡は正しくあなたを映していますか? 気付いた時には手遅れかもしれませんよ。