「自由の限界」そしてパレスチナの惨状と僕たち

イスラエルが内戦状況になってきた。イスラエルに住むユダヤ人とガザ地区にいるパレスチナ人(パレスチナに住むアラブ人)との排他的な歴史と感情は常に爆弾を抱えたままだった。きっかけがあるといつでもこのような火花が散る。今回は再び火花どころでないほぼ戦争状況になっている。

今ちょうど「自由の限界」という新書を読んでいる。これは読売新聞の編集委員である鶴原氏が、近年世界の知性と言われる21人に何度もインタビューしてきたものを、彼の視点でまとめたものだ。国家と民主主義がどうなっていくのか。賢人たちはどう見ているのだろうか。彼らの言葉に耳を傾けたくなり思わず本屋で手に取った。

イスラム過激派の暴挙、英国のEU離脱トランプ大統領の登場と敗退、アラブの春、極右の台頭、中国の台頭と唯我独尊、自国第一主義・・・近年民主主義が揺らいでいるように感じる。米英が先導してきたグローバル化は破綻してきた。米国を中心とする世界で最も裕福な1%の人がその他69億人の富の合計の2倍になっている現実。富の差による分断はますます進むばかり。

公平をうたう社会主義的主張がどんどん浸透する。ベーシックインカムは正しい道なのか。民主主義はどうなるのだろうか。

鶴原氏は「フランス革命の自由・平等・博愛という理念のうち、米英流のグローバル化と共に自由が過剰に肥大化した。これが現代の深刻な問題をもたらしている。禅の公案のようですが、自由を守るために自由を抑える必要がある」と書いている。その考えが、米国ですらひたひたと浸透してきた。その流れが大統領選における若者たちの社会主義的価値観の浸透だと理解する。

さて、横道に外れた。イスラエルに戻ろう。21人のうちの一人アマン・マアルーフ氏の説明を少し引用する。「第一次大戦時、中東で二つの建国運動が勢いを増します。アラブ王国建設とユダヤ国家建設。前者はトルコ系イスラム国家のオスマン帝国が崩壊過程にある中、帝国内のアラブ圏のアラブ人らが起こした独立への動き。欧州の民主主義の台頭に影響を受け、自らの帰属をアラビア語に求めました。後者はロシアや欧州で虐殺などの迫害に遭っていたユダヤ人が、アラブ圏にある『約束の地』パレスチナで祖国建設を企画した動きです。英国は戦況を有利に導くため、アラブ人に『オスマン帝国に反乱すれば、王国を与えよう』と約束。アラブは反乱し、オスマン帝国の敗北に力を貸します。ところが戦後、英国は約束を反故にして、『アラブ圏は英国の委任統治領とフランスの委任統治領に分割する』などと翻意。その一方でユダヤ人の祖国建設は支持します。オスマン帝国のアラブ圏内の『歴史的シリア』(今日のシリア、レバノン、ヨルダン、パレスチナイスラエルを含む地域)とイラク委任統治されます。アラブ人らは深く失望します。列強に匹敵しうる、広大なアラブ王国樹立の歴史的好機を奪われたと。」

一方「ユダヤ人には強靭な意思と綿密な計画がありました。あらゆる国と接触を重ね、支援者を地道に増やす。アラブの夢は頓挫し、ユダヤの夢は前進します。」そして、「1948年、パレスチナイスラエルが建国されます。エジプト、シリア、イラクなどアラブ諸国は戦争を仕掛けますが、貧弱な軍備と混乱した指揮で敗退します。決定的なのは、67年の『6日戦争』。アラブ諸国を率いたのは、国際的には非同盟主義を指導し、中東では汎アラブ主義を掲げてアラブ統合を唄え、半神のように崇拝されたエジプトのナセル大統領。ソ連の軍備提供で『世界第三の軍事大国』を自負していましたが、イスラエルに圧倒的に打ち負かされる。ナセルに託したアラブ世界の希望が、ある朝一瞬で消えたのです。絶望でした。アラブ人は自己嫌悪し、自信を失い、取り巻く世界を敵視しつつ、勝ち目のなさを自覚する。汎アラブ主義の灰燼(かいじん:すべて燃えて灰になること)から、アラビア語ではなく、宗教を頼りとするイスラム原理主義が台頭します。そして、79年、原理主義イラン革命で政権を取ります。イランは民族的にペルシャで、宗教はエジプトやサウジアラビアなどアラブ諸国の大半がスンニ派であるのに対し、シーア派です。ただ、革命を通じて『反西洋』『統合』の新たな象徴となり、汎アラブ主義の瓦解で生じた空白を埋めた。原理主義は主流になります。サウジは厳格なイスラム主義に転じ、布教に熱を込めます。この流れの行きつく先に米同時テロという爆発があった。」

その後の、米国主導のイラク戦争スンニ派サダム・フセイン政権はなくなり、シーア派の新政権ができたところで、両派は引き裂かれ武力衝突を繰り返す。両派の対立は眠っていた獅子を起こすように各地で正に覚醒していく。歴史の渦に巻き込まれ続けた中東。正に不信、憎しみの連鎖です。すべて人が作ったのです。部分最適は溝を深めるだけ。誰かの幸せは誰かの反発。そこにはほぼ大国の自国利益が絡んできた。

彼は、「イスラエルパレスチナの新たな和平合意は不可能です」という。そんな中での、トランプ氏がエルサレム(現地ではジェルサレムと発音しているように聞こえる)をイスラエルの首都と認める発表をしたことは国際社会を驚かせた。国際社会はエルサレムに対する主権をイスラエルに認めていないのだ。何の権限と合意があって承認したのか、まったくわからない。トランプ氏が米国の利益という名の右派のご機嫌取りにしか見えない。

私は、仕事で2度イスラエルに行ったことがある。経済の中心であるテルアビブと中央官庁が存在するエルサレムだ。実は訪問していた際も、今回よりもはるかに規模が小さいが戦闘状況にあった。ある企業を訪問している際に、空襲警報が鳴り、ビル内の安全な場所(建物の中心部で頑丈な構造になっている部屋)に避難したし、ロケット弾を打ち落とす迎撃ミサイル(アイアンドーム)の迎撃音も聞いた。私が次の地北米に向かった後には、そこまでは届かないとされていた当時のロケット弾が、国際空港近くに被弾し、何日も国際線がすべて欠航し、残ったメンバーは出国できず、生きた気がしない数日を過ごした。

世界でユダヤ人は約1,300万人だとされる。世界の人口が78億人くらいでしょうから、0.16%くらい。実は、例えば世界のノーベル賞受賞者の22%がユダヤ人だとされる。米国人受賞者だけで見ると36%がそうだとされる(2013年のデータ)。いかにユダヤ人が優秀かを裏付ける話だ。迫害され彷徨った彼らには知識や学びに対する高い価値観があるのだろう。私が面談した数十人の企業人、研究者は抜群に優秀で、皆起業家精神に溢れ、オープンで野心に満ち、同時に皆謙虚な人たちであった。

ユダヤ人の国、アラブ諸国とも友好的な関係にある日本。トランプ氏のような、自分の都合で片方に一方的に寄った政治は絶対にしてほしくない。もともとその不幸な関係を作ったのは欧米列強とロシア(旧ソ連)とも言える。極東の小国である日本が、暴挙に出た時代もあった。今や経済大国の看板も下ろしかけているが、世界の平和や環境問題に対しての、追求と模範たる行動が求められているはずだ。残念ながら理念、信念に裏付けされる行動ができているとは思えない。僕たちに見えているのは、目先の問題に汲々とする政治家。すごく情けない。
それは他でもない僕たち国民が情けないことを指していると思う。

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2014.7のテルアビブ。今ここにロケット弾が飛び交っていると思うと、とても悲しい。

 

松山英樹のコーチ

松山英樹がマスターズで優勝した。そこで話題になったのは目澤コーチの存在。松山選手はコーチを付けずに独力で成長してきたことで知られる。その彼が目澤コーチを中心とするチームを雇い(トレーナー、キャディーを含めた3人)彼らのバックアップを受けて、一気に花開いた結果が今回の優勝だった。

目澤氏の独占インタビューがNPに載ったのが5/5。私も刺激を受けた。私もビジネスコーチの端くれ。彼の話にインスパイアされ、あらためてコーチとはどのような存在なのかを私なりに書いてみたい。

目澤氏はTPIの最高レベルのレベル3のコーチ資格を持つ。TPIとはTitlist Performance Institude(タイトリストパフォーマンス研究所)。ゴルフ用具で有名なタイトリストがスポンサーになって運営されているゴルフ専門の研究所。そこでコーチの養成も行っているのだ。世界ランキング上位の選手の多くは、ここで養成されたコーチと契約していると言われる。従来のコーチは技術のことしか言わない、即ちスウィングのテクニカルコーチ。しかし、それでは選手のパフォーマンスは上がらないと、TPIは言う。技術だけではなく、用具、身体能力、メンタルなども含めた総合的なアプローチが必要不可欠なのだ。

僕なりの解釈をしてみる。例えば、スイングを変えたいとしよう。そこで大切なのは、本人がどのようなプレイヤーでありたいのか。どのようなシチュエーションでどんなプレイをしたいのか。どんなプレイスタイルを目指したいのか。などの思いが重要になろう。そして、世界のゴルフ場はどのような方向で変革していくのか(レイアウトや距離、ハザードなどのデザイン等)。ルールは変わっていくのか。それはなぜなのか。などの洞察などがその背景にあるはずだ。

即ち、自分がどうありたいのかBeing何をしたいのかDoingを明確にすること。それにはどのような技術が必要なのか。そのスウィングを実現するためには関節の可動域や柔軟性、筋力はどうあるべきなのか。それを実現するためにどのようなトレーニングが必要なのか。どれくらい時間をかけるべきなのか。そのプレイスタイルに適したクラブの特性はどのようなものなのか。どのメーカーのどのクラブが最適なのか。改造して実現するのか。ボールも同様。どのようなシーンでどのような戦略を立てるべきなのか。その時精神状況をどのように保つべきなのか。それができるようにどのようにトレーニングすべきなのか。ゴルフに取り組む姿勢が、子供たちや後輩や社会にどのような影響を与えるべきなのか。などなど、それをすべてつながったものとして多面的にとらえて、だからこうすると本人が一番納得して、常に自分と向き合って、研鑽を続けるのだ。

コーチは、それらを多面的にとらえる手助けをする。ああしろ、こうしろと押し付けはしない。なぜか。本人が自分の力で気付き納得して初めてすべてがつながり、苦しいトレーニングを続けられるからだ。納得できなければ続けられない。客観性も失ってしまう。自分を正しく見つめることができなくなる。

だから、コーチには正しく新しい知識と、広い経験と、常に学び続ける姿勢が不可欠だ。コースも道具も、スポーツ医学も、心理学も、ルールも変わり続ける。競争相手もユニークな方法で研鑽を続ける。データを信じ、複数のシナリオを用意し冷静に選択する戦略も、すべてをつなげて総合的に判断・対応しなければならない。

目澤氏はこういう。「(たとえ改善方法が明確でも)一つの答えをパッと出すことが、いい方向に向かいうとは限りません。選手が自分で答えを見つけるまでの工程に時間をかけること」が重要だと。

しかし、選手(クライアント)の性格もいろいろ。その人にあったアプローチをすることが重要なのだと思う。要は、選手のスイッチをどのように入れるか。コーチが入れるのではない。選手自身が入れられるようにコーチがどのように手助けするかだ。ベストセラー「一兆ドルコーチ」の主人公ビル・キャンベルの様に、ずけずけストレートなアドバイスをするコーチもいる。相手の気付きを促し覚醒させるためにとるアプローチは一様ではないのだ。

これからのビジネスコーチのあるべき姿を考えてみたい。今までも同様のことを書いてきたが、人類史上最も変化の激しい時代。今までの延長線上に未来はない。自らが変化を先取りするように変革を続けていかなければならない。政治・社会・経済はどう変わるのか、ビジネス環境はどのように影響を受けるのか、テクノロジーはどう変わるのか、地政学的変化やリスクはどうなのか、経営戦略に影響を与える要素はどう変わっていくのか、人事(人材資本)戦略、知財戦略、マーケティング戦略、財務戦略、アライアンス・M&A戦略、事業開発戦略・・・広い視野と高い視座が求められる。更に、個社や業界の知識もある程度必要だろう。そして何より、事業を遂行する現場でのヒリヒリするような意思決定、葛藤の経験、失敗・成功の積み重ね、リベラルアーツに支えられた知性も後押しになろう。コーチの持つ知識や経験や知性から繰り出される多様なヒントが、クライアントの変革を呼び覚ます

PS.ビジネスコーチングにおいて、上記のような知識や経験は必ずしも必要不可欠ではない。コーチングスキルさえあればコーチングは可能だ。しかし、「1兆ドルコーチ」を読んで、あらためて経験が物を言うことを確信した。コーチ自ら悩み苦しんだ経験を疑似体験できるクライアントは、スイッチを見つけやすいはずだ。

そのような環境にあって、ビジネスパーソンは、BeingとDoingを考え続けなければならない。ところが、現実的にはそれらに正直にちゃんと向き合っている人は少ない。コーチは、クライアントにそれを気付かせ、クライアントは、人生を意図的に生きる意味を理解し、日々の行動を変える。コーチにとって最も大切なことは、クライアントは答えを自分で見つける能力を具備しているという前提を理解すること。そして、クライアントが自ら気付き、答えを発見した時ほど、強い意欲を感じ行動を起こそうと動く、という原則を理解すること。コーチはクライアントに、自己実現のために必要な課題解決能力や、立ち向かうモチベーションを引き出し、顕在化せるためのスイッチのありかを探すジャーニーに送り出す。クライアントは目的地のないジャーニーをコーチに見守られながら進むのだ。コーチのアドバイスや質問は、クライアントにあらゆる洞察をつなげて考えることを要求する。自分のパーパスと向き合うことを促し、「なぜ」の答え、即ち意志のエッジがた立った行動ができるようになる。

私はクライアントによく「鑑(かがみ)」を持ってほしいと話す。自分の心の琴線に触れる文章・言葉を書き下してもいい、手鏡に映った自分を見るのもいい。そこに映るものは「自分の規範とすべきもの」のはずだからです。「今の私は最善を尽くしているのか」と問いかけてもいい、「課題に向き合っているのか」でもいい。自分を見つめることから成長が始まると思っているからだ。

ここまで書いてふと思った。皆さんはこれはプロのコーチの話だと思っているでしょ。それは大きな間違い。企業におけるコーチングはマネージャやリーダーに共通して必要とされる行いだ。部下やチームメンバーがエナジャイズされやりがいを感じて仕事をしてほしいですよね。そしてその結果、大きな成果がついてくるとしたら、そんな楽しいことはありません。チームは活性化され、協力し合って更に創造的な仕事にチャレンジするでしょう。そこに必要不可欠なのがコーチングです。上司による日常のコーチングがとても重要なのだ。おざなりな1on1をしている場合じゃありませんよ。

もちろん、多様な経験をした第三者のコーチの存在は、更に大きな行動の変化を生むでしょう。組織バイアスは必ずある。気付かないうちに染まっているものです。本当の問題点に到達するためには、離れたとことから俯瞰できるコーチの存在が役に立つことは間違いない。

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どこに向かうのか、どの道を選ぶのかは、自分で決めるしかない。

 

ドリルを買いに来た人は何を雇用したいのか?

■ジョブ理論

故クレイトン・クリステンセン教授が「ジョブ理論」を書いたのが2017年。私はその年に読み、企業は顧客に何を提供すべきかを学んだ。顧客は何を求めているのか? その問いに対し正解を答えられる人がほとんどいない事実も知った。私たちは見誤っていた。

顧客にとって必要なのは、プロダクトやサービスではない。必要なのはプログレス(進歩)なのだ。私たちが向き合うべきなのは、顧客が片付けたいジョブは何なのかだ。それがJTBD(Job To Be Done)。「どんな“ジョブ(用事、仕事)”を片付けたくてあなたはそのプロダクトを“雇用”するのか?」だ。「私たちが商品を買うということは基本的に、なんらかのジョブを片付けるために何かを『雇用』するということである。その商品がジョブをうまく片付けてくれたら、後日、同じジョブが発生したときに同じ商品を雇用するだろう。ジョブの片付け方に不満があれば、その商品を『解雇』し、次回には別の何かを雇用するはずだ」私たちは、顧客が特定の状況で成し遂げようとするプログレス(進歩)を理解しなければ話にならないのである。顧客は何を成し遂げたいのか? 実はこれが最も難しい。だから、ほとんどの新製品はお蔵入りになるのだ。何かを成し遂げたい(進歩したい)(=ジョブ)から使う(消費する)のだ。

クリステンセン氏の話で有名なのは「ドリル」の話。工具店にドリルを買いに来る顧客はどのドリルにするのか迷っている。それを見た工具メーカーのマーケターは、何を悩んでいるのかを想像する。価格なのか、性能なのか、使いやすさなのか、重さなのか、取り付けられるドリルの種類なのか・・・ もう少し安価にしなければだめだ、値引こうか・・・ ドリスの種類を増やさないと家庭でのユーズケースが少ないな、増やそうか・・・なんて考える。それらは根本的に顧客のジョブを見誤っている。顧客は何を雇用したいのか? ドリルを雇用したいのか? 顧客は「穴」を雇用したいだけなのだ。穴の開いた板でもいいし、穴を開けるくれる人がいたら頼めばいいのだ。ミルクシェイクの話も有名だ。朝通勤で1時間も車の運転をするドライバーがいつも寄っていく店がある。彼らの多くはなぜかミルクシェイクを買っていく。店はさらに売り上げを伸ばそうと、他の飲み物のメニューを増やす。しかし、まったくそれらは見向きもされない。なぜか? 店は顧客のジョブを分かっていないからだ。顧客は1時間のつまらない時間のお供を雇用したかったのだ。濃厚で飲みにくくてちびちび飲み続けられる相手を雇い、旅のお供にしたかったのだ。

私たちは顧客のジョブを分かっちゃいない。ニーズでもない、データを解析しても分からない、そして顧客にヒヤリングしても実は分からないのだ。ドリルを買いに来た人は穴を雇いたいとは絶対に言わないのだ。

クリステンセンは、どうやったらジョブをより具体化できるかのヒントを書いている。

「ジョブを理解するには努力が必要で、その努力は多くのマネージャーが長年実践してきたデータや数字に頼るやり方に反するものだ。
短編ドキュメンタリー映画を風に頭の中で撮影すると理解しやすい。
①その人が成し遂げようとしている進歩は何か。
②苦心している状況は何か。
③進歩を成し遂げるのを阻む障害物は何か。
④不完全な解決策で我慢し、埋め合わせの行動をとっていないか。
⑤その人にとって、よりよい解決策をもたらす品質の定義は何か。また、その解決策のために引き換えにしてもよいと思うものは何か。
この5つの問いに答えることで、ジョブをより具体化できるようになる。」と。

ジョブを理解するためには、数字ではなくストーリー、そして体験が重要だ。ここで理解しなければならないのが、デザインシンキングなのだ。デザインシンキングの中核にある重要なアプローチが「観察」や「共感」なのはそのためにあると言っても過言ではない。

 

■共創

「ジョブ理論」はイノベーションを成功させるための王道のテキストだ。しかし、詳細をここで述べるべきではない。本を読んでほしい。私がなぜクリステンセンを持ち出したか。それは近年猫も杓子も「共創」「協創」「Co-Creation」というが、実は成功している、即ちイノベーションを成功させた例が少ないことに、警鐘を鳴らしたいのだ。

イノベーションは顧客の声から生まれる」のだろうか? 先ほども書いたように、顧客の多くは「JTBD」が分かってはいない。したがって、「否」 だから例えば、「どんな商品が欲しいですか?」と問えば、性能があと3割くらい高いと嬉しいとか、もっと良い音が欲しいとか、納期を2割短縮したいとか、「JTBD」と関係なさそうなことしか言ってこないものだ。

そもそも、私たちだけでなく、顧客もすべてバイアスだらけだ。固定観念に縛られた声に耳を傾けて意味があるのだろうか。顧客のストーリーはフィルターを通して語られる。その裏にある本当の「JTBD」は声を聴いても分からない。観察するしかない。もちろん多くのケースは、顧客の顧客を観察しなければわかるまい。

そして、ある特定の顧客の観察をするだけではほぼ見間違うだろう。多くの顧客を多面的に観察して仮説を立てて、他の顧客に確認するというサイクルと、仮説をピボットしながら素早く数多く繰り返さなければならない。

共創という言葉に惑わされてはならない。本質は「JTBD」を理解すること。その手段として「共創」を否定するつもりはないが、顧客の声を信じてはならない、ということを肝に銘じてほしいのだ

だいたい、新しい事業に挑戦する、マーケターや、セールス、研究者、デザイナー、技術者などすべての人たちは、以前に紹介したような文献やクリステンセン氏の著作などを、最低限ちゃんと読んでほしい。その準備なくして新事業開発などを語るべきではない。ルールを知らずに碁会所に行くようなものだよ。

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一年の中でも最も清々しい季節になった。こんな気候の中で「Stay home」とは

寂しすぎる。しかし、感染力と重症化率が強い変異種が蔓延してきた今、

感染しても入院もままならない日が来るのは必至な今、

我慢するのが国民の義務と言える。

国や自治体や医師会に言いたいことはたくさんあるけどね。

 

反応という触媒

反応しない」という行動は一種のメッセージになってしまう。そうでなくても表情を読み取れないリモートワーク。Zoomなどですら、今ひとつ。ましてTeamsやSlackなど社内SNSツールでは、何も書かなければ何も伝わらない。

「伝わらない」んじゃなく、「共感しない」「面白くない」「同意しない」「そんなのどうでもいいよ」・・・などの否定的なメッセージと捉えられる。そうでなくても孤独なリモートワークでは強いインパクになりえる。

リモートワークにおいても、いえ、だからこそ、共感し、シンクロし、心が通じ、チームの助け合いが起こり、ポジティブな壁打ちができ、誰も置いていかない、問題はコミュニケーションによって解決でき、化学反応を楽しみ、全員がオーナーシップを感じる、そんな「」を作り出さなければならない。

だからこそ「反応」は必要不可欠なんだ。「心理的安全性」とは「反応を楽しむこと」に他ならないのだと思う。フランクで前向きなつながりを楽しもう。

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遊歩道も静まり返る。2年続けて静かなGWになってしまう。過ごし方を考えましょう。

映画館も1年数か月行っていないな。食べることに楽しみを見出すと、太って困る。

さて、なにをしようか。

 

同罪だ~

松山英樹のマスターズ優勝。実に頼もしいと思う。録画をさっき観たところ。通しで見ると実に冷や冷やする。やっている本人も緊張しっぱなしだったと言っていた。そりゃそうだよね。トップでスタートして平常心でいられる人はいないと思う。

今、アメリカでは「最近日本人がすごいぜ!!」ともちきりらしい。オオサカ、オオタニ、そしてマツヤマ。「今が最高だ!!」え?? あとは落ちるだけと言いたいんかい? ふざけんな!

 

さて、真面目な話。

私の存在意義とは何なのか。責任とは何なのか。私は何をすべき人なのか。

そんなことに向き合っている人の言動とそうでない人のそれは大違いだ。

以前からそうだったが、コロナ禍の最近、特にそう感じる。意思を具体的に明確にしない言い回しに落胆するケースが実に多い。呆れかえると言った方が的確かもしれない。

例えば、「しっかり・・・やります(やらせます)」的意味のない宣言。そう言った人のが「しっかり」やっていることを見たことがない。あなたの「しっかり」って何ですか? 

「良く分析をして対応する」なんだその分析とは。そもそも事実は目の前にあるではないか。何をどう分析すれば何が分かるというのか。その場しのぎ丸出し。そう、何も考えていなかったと言っているのと同じではないか。

「正式に決まっていないのでコメントできない(検討していない)」何を待っているのだ。もしそうなったら(仮説を立てる、または仮説を提起される)どうするのかを考え、それに備えるのが仕事ではないのか。機関決定しないと何も動かないのか。だから後手後手になるのではないか。

つくづく思う。メディアの突っ込みがどうでもよいことにフォーカスし、即ちゴシップ寄りのストーリーを欲しがっていることが見え見えで、本当に国民のためになる本質に切り込むことがほとんどないのだ。

「『しっかりやる』とは具体的に何をやるのですか?」と聞いていくれ。

「『良く分析をして対応する』前に今わかっていることは何ですか? それで対応できることは何ですか、なぜ今すぐやらないのですか?」くらい突っ込んでくれ。

「『決まっていないので検討してない』だから、後手後手になるのでしょ。なぜそういう仮説が提示された時点で検討しないのですか? ホラーストーリーに備えるのがリスクマネジメントでしょ。本当のことを話してください」と国民の前で、本質から逃げていることを晒してくれ。

 

政治家の国民を舐めた姿勢(私は国民を愚弄していると思う。今だけしのげれば何とかなるとね)と、メディアのレベル低下同罪だ。

とは思いませんか? 

僕がストレスを溜めているから刺々しいのかしら・・・

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大好きなモッコウバラが満開になってきた。ウォーキングすると、

街にはモッコウバラハナミズキがたくさん植えられていることに気付く。

もうすぐ、さつきやつつじが満開になる。

ところでその違いを知っていますか? 私は見分けがつきませんw

 

人生100年時代は、みんなが就活生

私には自分を律する言葉がある。皆さんもきっとお持ちでしょう。僕は、自分を鼓舞するマジックワードなんて言ったりもする。コーチングしているとよくこんな話になったりする。人間は本質的に怠惰で、困難を前にすると楽な方に逃げる。それは誰しも同じ。しかし、どんなに厳しくても、嫌でも、面白くなくても、やらなければならない時はある。お茶を濁さず方向を修正しなければならない時はある。そんな時には、手鏡に映った自分に対して語り掛けるのだ。自分の琴線に触れる言葉で。

いくつか紹介したい。ちょっと恥ずかしいが・・・

・「そもそも・・・」例えば、「そもそも何のためにやっているんだっけ?」というように、原点に戻るべき時に、それを思い出すために自分に語り掛ける。

・「今、俺は最善を尽くしているのか?」手を抜いている自分、逃げている自分に気付くために語り掛ける。これが私にとっては一番グサッとくるかな。

・「永遠のルーキーでありたい」常に新しいことにチャレンジする姿勢を示す。シニアになり傲慢になり地位にしがみつくことを予防するために、語り掛ける。常にこうありたいといつも思う。

そんな私ですが、先日HUFFPOSTを読んでいたら、こんな表現がありすごく共感した。この言葉も自分を鼓舞する言葉リストに入れたい。

・「人生100年時代は、みんなが就活生

そうだよね。そんなつもりで生きなければいけませんね。「LIFE DESIGN スタンフォード式最高の人生設計」やリンダ・グラットンの「ライフシフト」を読んだ方は共感するでしょう。人生はプロセスであって、道に迷うことはよくあること。行き詰ったっていつでも新しいキャリアは築ける。アイデアはいくらでもあるんだ。学習、就業、引退という約20年、40年、20年の区分なんて過去のもの。今の若者はほぼ100歳まで生きる。その間何度も変われる。だから変われる能力を磨こう。という感じの時代にあっては、みんながずっと就活生なんだね。そんな気持ちで、人生を歩んでいこう。ね。

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桜が終われば新緑だ。これから梅雨入りまでが最高のシーズンですね。

コロナ禍でも楽しめることはある。

 

「持続的企業価値を創造する人的資本経営」と伊藤先生

3/26夜「持続的企業価値を創造する人的資本経営」というオンラインセミナーを

聴講していました。これは経産省が主導して、一橋大学伊藤邦夫先生を座長として

まとめられた通称「人材版伊藤レポート」をトリガーとしたセミナーです。素晴らしい

プログラムでした。

その中で紹介された、下記のレポートは必ずお読みになったほうがいいと思います。HRに関わる方のみならず、ビジネスリーダー全員に向き合ってもらいたい内容です。

20200930_1.pdf (meti.go.jp)

20200930_3.pdf (meti.go.jp)

 

以前から書いているように、HRは経営戦略以外の何物でもありません。変化の激しい時代をうまく泳いでいくためには、企業自らが変わり続けるしかなく、それを支えられるのは変革人材だけです。リーダーがHRを戦略としてとらえ、採用、育成、リテンションをおざなりで終わらせないよう、組織全体で取り扱っていかなければなりません。そのためにはこのレポートのような価値観を腹落ちさせておくことが最低限のベースラインです。

 

セミナーでは多方面の方から貴重な指摘も出ています。少しだけ抜粋。参考になりますよ。

オックスフォード大学客員教授 ロバート・エクルス 氏や、コネクレーンズ社外取締役 (シーメンス 前 CHRO) ヤニナ・クーゲル 氏からは、                            

・企業の投資は無形資産にされるべきで、そのほとんどを人的資産の投資にすべき。

取締役会の重大テーマの一つが人的投資。

・取締役会でパーパスステートメントを策定すべし。

CHROと投資家の対話が必要不可欠。投資家は人事戦略の実効性を確認したいのだ。

経営企画部と人事部の密なコミュニケーションがなければだめ。

事業戦略は人材戦略と共に策定されなけれ実現できるわけはない。必要なスキルは何で、それを持つ人材が社内にいるのか、獲得できるのかがすべてYes でなければ戦略はないのと同じ

・タレントマネジメントを緻密に行い、成し遂げたいこととのGapを明確にしなければ   ならない。

 

株式会社三菱ケミカルホールディングス 取締役会長 小林 喜光 氏からは、

・CEOを外からリクルートする(ベルギーから)など、大胆な人事戦略を推進する。

その戦略策定は若手に委ねた。これまでの人事部ではできない。頭の中は管理するこ  とだけ。

リスクテイクしなければ新しいことはできないのに、それでは無理。既にCXOの多くは外部登用。

・事業ポートフォリオを大胆に変えてきた。必要な人材もどんどん変わる

 

株式会社丸井グループ 代表取締役社長代表執行役員CEO 青井 浩 氏からは、

・丸井は創業者の孫が現在のCEO。変わって10数年。昔の丸井とはまるで変った。部長会議は暗いスーツのオッサンだけだった。居眠りをしている奴もいる。これではだめだと、全社員の中で参加したい人は誰でも参加できるようにした。若手、女性もたくさん参加し、会議は活性化し、様変わり。企業文化はそう簡単には変わらない。10年かかる。

・人的投資をどんどん増やし、IT人材は全員内部登用。9割が文系。アジャイルにどんどんDX。若手の好きなようにやらせてきた。現在史上最高の一株当たりの利益になった。人的投資は企業文化改革だ。

 

花王株式会社 取締役会長 澤田 道隆 氏からは、

・人を育てるのではない。人が育つのを支援する。可能性を見出し、気付き、気付かせ

持てる力を発揮させる。人的資本と考える。管理ではない、潜在力支援。人材ではなく人財。

・経営戦略を考えるときは、グランドデザインの時に人材戦略を入れること。

中期経営戦略は若手中心。思い切った人材登用、若手、女性、社外。

今までのやり方を全否定しないと変革は起きない。延長線上でなく抜本的に考え直すことが必須。既に引かれた路線を少しずつ手当てしていくのでは無理。

・昔は経営会議で一人が反対すると止めていた。今は、一人がやりたいと言えばやらせる。

 

花王澤田会長(2021.1.1社長から会長に)は、実は今から16年前、一橋シニアエクゼクティブプログラムという学びの場で私と同クラスでした。研究者で知的だ温和な方だったという印象。腹には強い信念を持つ変革者なのですね。

ちなみに座長の伊藤先生は私が45歳くらいの時に社内選抜研修の先生でした。懐かしい。私よりだいぶ先輩のはずですが髪を染めているせいか、すごく若く見えるw

 

企業を変革させるのは並大抵の努力では成し遂げられない。経営陣の強い危機感と本質を見つめる力、リーダーの変革マインド、そして何より職場の心理的安全性が必要不可欠だと思います。

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私が好きな「モッコウバラ」も咲き始めた。もうすぐ無数の花が咲くのだろう。その姿は若い人たちが競うように光っているようだ。