オードリー・タン氏の包摂

昨年話題になった人の一人が、台湾のIT大臣のオードリー・タン氏だ。同氏のインタビュー記事などに触れると大変インスパイアされる。IQ180の天才で、30代で入閣と聞けば、さぞ切れ味鋭い強いリーダー像を思い描いた人たちは、一様に優しさに驚くという。それは、生い立ちによるものなのかもしれない。同氏がトランスジェンダーであることは周知の事実であるが、天才ゆえに子供のころから虐められていたとか、先天性の心疾患を持っていて、発作を予防するために普段から感情をコントロールすることを余儀なくされて育ってきたなど。そして、20歳の時に自分がトランスジェンダーだと悟り、性転換手術を受けたも、その性格形成に影響しているのかもしれない。

インタビューした人が感じるのは同氏のインクルージョン包摂、即ち包み込む力だ。「誰も置いていかない」というリーダーシップ。「ついてこられる人だけついてこい」というような男性性の高い強いリーダー像の対局だ。デジタル化もインクルーシブだ。とかくお年寄りに優しくないデジタル。それは開発サイドの問題だと寄り添う姿勢を崩さない。

同氏は毎週決まった曜日に、ある公共施設(社会イノベーションラボ)に足を運び、お年寄りや子供たちも含めた市民と話をしているとのことだ。そこで得た市民の困りごとを解決したいのだ。ハンズオンなくしてインクルージョンは成り立たないと痛感する。

皆さんリーダーはすべての部下や関係者に対して、「我々の存在価値は・・・なのではないか」「誰も置いていきはしない」「一緒に歩んでくれないか」と宣言できているのだろうか。それは一人一人を誰も第三者にせずチームの一員として認め、期待し、自律を促し、自覚を促し、皆の心をつなげ、毎日のすべての行動に充実感を感じ、人生を豊かなものにすることにつながるのではないか。それは、最も居心地の良い空間ではないだろうか。

心理的安全性はコロナ禍の最重要テーマ

いつもブログを読んでいただいている方々、明けましておめでとうございます。今年も感じていることを書いていこうと思います。皆様のちょっとした学びになれば幸いです。実は私の学びを解き放っているだけなんですが・・・

 

心理的安全性とは

さて、残念なことに新型コロナウィルスの感染拡大が止まりません。緊急事態宣言が発出される状況になってしまいました。在宅勤務の比率が高まり、顧客とのコンタクトも減るでしょう。益々職場のコミュニケーションが減り、一人一人の孤立が深まるリスクもあります。

この状況で重要なのが、職場の「心理的安全性」です。「心理的安全性」とは、職場で何を言ってもどのような指摘を指摘をしても、批判されたり怒られたり変な目で見られたりする心配のない状態を言います。「出る杭は打たれる」の心配のない状態と言ってもいいですね。ということは、冗談を言い合えたり、雑談がしやすかったり、職場がワイガヤ状態を楽しんでいる感じとも言えますね。

人々が集わなくなったコロナ禍においては、更に「心理的安全性」が遠のいてしまったと感じられるのではないでしょうか。だからこそ今最も注意しなければならないことの一つが「心理的安全性」の確保なのです。

そもそも「心理的安全性」はハーバード大学のエイミー・エドモンドソン教授が1999年に提唱した「Psychological safety」の和訳で「チームにおいて、他のメンバーが自分が発言することを恥じたり、罰を与えるようなことをしないという確信を持っている状態であり、チームは対人リスクをとるのに必要な場所であるとの信念がメンバー間で共有された状態」と定義されています。上司や同僚の反応を気にしたりビビったりすることがない職場なわけです。

 

心理的安全性のメリット

心理的安全性」のことが近年よく聞かれるようになったのは、Google社が実施した「プロジェクト・アリストテレス」が注目されたからです。耳にしたことがある方も多いでしょう。これは同社の一種の労働改革プロジェクトで、その結果として「心理的安全性がチームの生産性にを高める重要な要素である」と結論付けたのです。

不確実性がますます高まる現代において、企業が成長し続けるためには様々な要素が必要です。マーケットで実際何が起こっているのかにビビッドであること。それには幹部やリーダーを含めたハンズオンが必要不可欠なことに加え、職場の風通しのよさが必要不可欠です。また、多様な意見が飛び交い、互いの価値観を理解することで化学反応が起きイノベーションが生まれます。即ち互いを認め合うオープンなダイバーシティ空間が必要です。そして、スピードも重要ですね。例えば、問題を隠すことなく上司に伝えることに躊躇がない職場の空気も大切です。更に、上司や同僚に「それ間違ってますよ」と遠慮なく言える関係も重要ですね。即ち、これらを支えるのが「心理的安全性」なのです。

これは、上司が口でいかに言おうがそれだけで定着するわけではありません。例えば、上司が予算を達成しない部下に対して激しく叱責するようなことが頻発するような職場では、上司に具申もできないでしょう。そうです、毎日の積み重ねなく「心理的安全性」は実現できません。

 

心理的安全性」のメリットを少しまとめてみましょう。

チャレンジする組織文化やイノベーションの促進

社員が失敗を恐れず発言したり行動したりしやすいので、躊躇せずにチャレンジしやすくチームに試行錯誤が誘発されやすい。また、不要な遠慮がないのでバイアスを壊しやすく自由に発想できるので、イノベーションが起きやすい。

組織リスクの低減

失敗や問題が発生した時に叱責を恐れて隠ぺいするマインドセットにならないので、重大な問題が放置されるリスクを回避できます。

意思決定の精度が上がる

上司に具申しやすいし、上記の通り問題を上げやすいため、上司を裸の王様にさせません。従って意思決定の正確性が高まります。

職場の多様性が高まる

多様な価値観が認められる職場には、多様な人々が集い溌溂と働きます。イノベーションにも不可欠な要素です。部下を一色に染めようとする上司がいますが、それは完全に間違っています。自分の都合だけです。自分の居心地が良いからそうしているのです。多様性がなければ企業は自然死への道を進みます。絶対に忘れないでください。

エンゲージメントの向上

居心地が良い、仕事がしやすいなどの特長があり、チームに共感が生まれますので、社員にはやりがいが生まれ、能力や得意技を活かせパフォーマンスが上がります。そのためにその会社で長く働きたくなり、人材の流出抑制にもなります。

精神的クリアさの向上

雑談や相談が躊躇なく行えることによって、プライべーとなことも含めて親身になって相談に乗ってくれる上司や同僚がたくさん現れます。一人で悶々と悩むことが減ってくるでしょう。

そうです。良いことずくめなのです。

 

■職場づくり

それでは、どうやってそのような職場を作ればよいのでしょうか。

1on1のルール化

普段からよく話しているから大丈夫と上司は思いますね。それはほとんどの場合勘違いですw。部下は本当に心から言いたいことを言えていますか? 上司にはお決まりのバイアスがあります。それは、「僕はハードルが低い」という誤解。笑っちゃうでしょ。これは私が長年組織の中で働いてきた実感です。ぼぼ全員このバイアスに冒されていると思ってください。だから、ちゃんとしたルールを作り、定期的に1on1をしなければならないのですよ。もちろん、その場でも注意しなければならないことはたくさんあります。例えば、普段と同様の指示の場ではなく、話を聞く場であることを忘れないこと。即ち上司は話すのではなく聞くのだということ。そして、決して否定をしないこと。などです。できない人がほとんどではないでしょうか。

オンラインの使い方

特にコロナ禍における孤立の予防のためには、日常をいかに取り戻すかが大きなテーマです。だらだら一人でPCに向かって時間も忘れ仕事をしてしまう。運動不足。目や肩や背中がひどく疲れる。家族への負担が気がかり。など。在宅勤務が続くとメンタルに支障をきたす社員が増えてきます。今まで通勤してオフィスでチームで顔を合わせて仕事をしていた時とは全く違う環境に、ストレスを感じます。もちろん、満員電車の通勤時間が無くなり効率が良いなどのメリットはあったとしても、ネガティブな要素は付きまといます。そこで大切なのは、サイクルを取り戻すこと。よく言われていますが、起床時刻を一定にする。チームの習慣を作る。例えば、オンラインで朝礼をしたり、終礼をするのも良いとされています。更に、職場では簡単に行えた雑談をする場を作ることです。オンラインでランチ会をしたり、3時のお茶をしたりするのです。オンライン飲み会も良いとされています。上司が定期的にオンラインを開けておき、誰でも自由に入ってよいことにする手もありますね。昔は「報連相」などと言われていましたが、雑談もしない上司に相談はしないものですね。今は「雑相」と言われ、雑談と相談の区別などせずフランクに話す習慣を作ることが大切だと言われています。

また、会議の設定にも注意をしましょう。在宅が増えると、逆にオンラインの会議が爆発的に増えて忙しいという人もいますね。これは皮肉な事実です。コミュニケーションが疎になることを恐れる気持ちはよく分かります。しかし、参加するものの意見を言うわけでもなく、当事者意識もなく、場合によってはマイクもカメラもオフにしたままという参加者がいる会議がありますね。そういう人はほぼ間違いなく当事者意識がありません。多くの場合は他の仕事をしていますねw そのような会議の多くは必要のない人も参加させているのでしょう。そして、内容は連絡事項がほとんど。そんなオンライン会議は止めてしまいましょう。連絡事項はSNSやメール、もしくは動画のアップで十分です。会議は減らし意味のあるものだけにしましょう。ただし、参加者は事前に準備を怠らず、参加する以上必ず意見を表明しましょう。もちろん、カメラもマイクもオンのままが当たり前ですぞ。

機会の公平性

心理的安全性」を担保するためにはベーシックなルールがあると思います。それは、チーム員全員が第三者にならないこと、即ち全員が当事者意識を持つことです。私は関係ないというオーラを決して出さないことです。風通しが良い職場になろうとしているときにネガティブな態度を示さないことです。これは他のメンバーをシラケさすからです。同時に、上司はあらゆる意味で全員に公平に発言や参加の機会を与えることです。新人であろうが、シニアであろうが公平にです。参加者は伸び伸びとメンバーの一員である存在価値を示すのです。

充実を味わう

コーチ業をしている中で、よくクライアントに質問します。「どのようなときに充実を感じますか?」と。多くの人は、「何かを完遂した時」と言いますね。それでは、例えば、大きなプロジェクトを担当しているなら、「2年経たないと感じないのですか?」と聞き直すと困った顔をして「う~ん、そうです」と渋々答えます。本当にそうならこんなに寂しいことはありませんよね。結論から言うと、「充実はプロセスに宿るのです」日々の行動に充実感を感じられるように振舞うことを強く提案します。例えば、会議が終わったときに、「今日の会議は良かったね。問題がクリアになってスッキリした!」と発言してはいかがですか? その一言で、参加者全員が充実した会議だったと感じ、笑顔が浮かんでくるでしょう。プロジェクトが完遂しなくとも、日々の小さな進捗や革新にこそ充実感が宿っているのです。それなのに、誰もそれに触れようともしない。そんな寂しいことはありません。有意義な議論、ひらめいたアイデアでブレイクスルーした時、顧客の「ありがとう」の一言、同僚のアドバイスで希望を感じた時、思い切って発言した自分の意見に皆が賛同してくれた時、オンライン飲み会での皆の笑顔・・・充実はあらゆるプロセスに存在するのです。「心理的安全性」が存在する職場には清々しいプロセスに満ち溢れているのです。そのプロセスに隠れている充実を味わうチャンスを逃してはなりません。

 

■ぬるい職場との誤解

心理的安全性」の高い職場を、上司が厳しくないぬるま湯的な職場、危機感の足りない職場だと思うかもしれませんが、それは全く違います。まず考えなければならないのは職場の「基準」です。目指すべき基準と思ってください。職場の基準が低いときに、心理的安全性が高かったらどうでしょう。自由に振舞え上司の過剰コントロールもない。しかし、目指すべき基準が低いのです。これではぬるま湯に入っているのと同じです。

基準が高い職場を想像してください。心理的安全性が低いと、チーム員が互いに助け合ったり、アイデアを出し合ったりしないままハードなノルマに苦しめられ、不安度が高くこき使われている感情になりますね。

基準が高くても心理的安全性が高ければどうでしょう。フランクな意見を戦わせ、チームで学習が進み、上司が箸の上げ下ろしを管理するわけでもなく、的確なコーチングのもとに自由に難題に向かってチャレンジするパフォーマンスの高いチームが出来上がります。

基準が高いというのはどういうものでしょうか。別にいたずらに高い予算を掲げるというようなことではありません。我々が存在する現在のビジネス環境は、何度も言うように不確実性の高い状況変化の激しい世界です。目標達成は突然困難になったりします。適時戦略を変え、即行動し、時にはプランBやCを発動し、ある時は妥協し目標を変えます。その時に単に諦めるのではなく、次善の最高を目指すのが基準が高い、即ちハイスタンダードなチームなのです。実現可能なハイスタンダードを常に目指す、心理的安全性の高い集団が目指すべきチームです。

チームが目標を達成できない時に、上司が怒りに任せて叱責することは、チームに良い影響を与えません。現実を直視し、公正に分析し、次善の高い目標を再設定し、その実現に向かってタスクに分解し即行動する、そのプロセスをファシリテートし必要な指示を出し、ハンズオンで現場に向き合う。それがハイスタンダードなチームのリーダーでしょう。幹部は現場のリーダーに権限と責任を委譲しますが、うまくいかなくて叱責しないと言っても、放置することとは全く違います。公正に評価します。ハイスタンダードなチームは自由度が高いのと同時に責任も重たいのです。ぬるいのとは真逆なのです。

当たり前ですよね。プロなんですから

 

心理的安全性をつくる行動

石井僚介氏は4つの因子(行動)をこう書いている。

1.助け合い「困ったときはお互い様」

2.話しやすさ「何を言っても許される」

3.受け入れ「とりあえずやってみよう」

4.新奇歓迎「異能どんどん来い」

いいとこついてますね。更にこんなことに注意すると良いと言っています。

・発言を歓迎する。つまり、発言の内容を評価するのではなく、まず発言したことについて感謝する。これはなかなかできることではありませんね。

・リーダーが間違ったときは間違いを素直に認め、そこからの学びを共有する。これができる人も少ないですね。

・助けが必要かどうか、困っていることはないか、聞いて回る。

・相談されたら手を差し伸べる。私はその前に相談される関係を築くことが大切だと思う。

・挑戦を歓迎し、挑戦したことに対してまずは褒める。

・失敗した時もチームとして何が学びになるかを振り返る。

これらも簡単なようでできていない人が多いですよね。意識すればできますよ。

 

 

私たちの働き方は変わらざるを得ません。しかし、プロとしての矜持は絶対に失ってはなりません。どのようなときもハイスタンダードを維持し、チームの力を結集させていかなる難題も乗り越えるのです。

そのベースラインが心理的安全性です。そこにはセクショナリズムはありません。ムラ社会のバイアスもありません。利他心に溢れ、共感で結ばれたチーム員は日々充実を感じ、仕事を楽しみます。

新しい一年はどのような年になるのであろうか? コロナ禍は? オリンピックは? デジタル庁の政策は? 企業の業績と投資は? 新しいビジネスチャンスは? 事業の新陳代謝は? 皆さんの健闘をお祈りします。

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必ず春は来る

 

「ソーシャル・プレナーシップ」

今年もあと1週間。クリスマスの夕方にこれを書いている。私はクライアントとオンライン・コーチングを終え、今年の仕事はこれで終わり。あとは来週にある勉強会に参加するだけだ。静かな年末年始になりそうだ。そうだ、先日届いた新しいデジタル一眼レフのマニュアルを読まないとね。古いカメラを3台売却し替わりに買ったもの。そして、来週にはPCが届く。今は供給がついていけないようで、発注から1か月ほど待たされた。2年弱の間に3台のPCを買った。2台は仕事用、今度のは今までにあった家庭共用の更新。移行が面倒だな~  さて、今日の話は・・・

 

ワールド・マーケティング・サミットがオンラインで行われた。その日は都合がつかないこともあり、アーカイブを視聴するチケットを購入し、後日好きな時に大量にある有名なマーケターの講演を同時通訳付きwの録画をオンデマンドで聴講した。

 

その中で、最近の流れを初めて別の角度で再確認できたのが「ソーシャルプレナーシップ」の話だ。これは企業のブランド戦略やリクルート戦略、更に言うと企業の存在意義やパーパスもしくはミッションに関わる新しい時代のセンスメイクだ。

 

ワールドマーケティングサミットグループCEOのサディア・ギブリア氏の講演の要点を説明しよう。彼女は「ソーシャルプレナーシップ(Socialpreneurship)」を「企業が“儲け重視ならびに株主主義”から“社会的責任を担う商品提供およびステークホルダー主義”に変化するためのイノベーション」と定義した。なるほど~

 

 

それは、今後の社会の主要プレーヤーたる若者の変化を理解すると腹落ちする。若い消費者は社会や環境への意識が高く、それが消費行動に深く関係しているというのだ。それはデータを見ればすぐ分かる。例えばこうだ。

>68%が社会に貢献する製品を過去1年以内に購入済み。

>87%が社会課題の解決支援にあたる企業に好印象を持つ。

>88%が社会を支援する企業を支持する。

>92%が社会や環境に貢献する企業を信頼する。

以前にも書いたが、世界ではミレニアル世代(Y世代)やZ世代のポジションが相対的に高まり、政治や経済の中心に躍り出ている。日本にいるとなかなかそうは感じられない。極端な少子高齢化により相対的に人口比率が低いこと、若者たちがエネルギーに溢れ社会的な参画を果たしているイメージがないことなどが、要因だろう。しかし、小泉環境大臣の今年の心変わりを見ても、政治が大きな影響を受けていることをうかがわせる。今の高齢者たちは早晩いなくなる(当然僕も)。残された若者たちが、将来幸せに暮らせるように社会を変えたい、と思うのは当然の話だ。彼らの声に応えられる企業が繁栄し、そうでない企業は衰退するのは自然の摂理だと言っていい。



ギブリア氏は「ソーシャルプレナーシップ」の必要条件を次のように言っていた。

>世界を良くするためにボランティア活動をする。

>自分が住む社会を意識する。

>人類の幸せ、平和、繁栄を意識する。

>自分のビジネスの社会へのインパクトを意識する。

>CSRだけでは不十分、自分の製品やサービスは『世界課題を解決する』と明示する。

そうです、今の若者を中心とした新しい「ソーシャルプレナーシップ」は、「お金を追わずに夢を追うのが条件」なのだ。

「ソーシャルプレナーシップ」は個人の想いからスタートし、企業の存在価値が共鳴し、産業界や政治が連携することによって実現する

 

即ち次のように連鎖していく。彼女はこう定義する。

>まず自分から始める。

>1対1で広めていく。

>同志と集まる。

>社会的責任を担うメーカーから買う

>お金や名声のために働かない、夢や目的を追う(株主からステークホルダーへのパラダイムシフトにより利益は後からついてくる)。

>人、地球をケアする会社のために働く

 

この傾向は、以前から言われていたことだ。若者たちの指向が明らかに社会的影響、例えばSDG'Sなどの方向に向かい始めたのだ。これは何もBtoCだけではない。もはやBtoBにおいてもY世代が意思決定者になり始めているのだから。さらに、これから数十年はY世代、Z世代がマーケティング的にターゲットになる。その世代の人口比率が低い日本においては、どうなのだろうか。今のシニアは企業の意思決定層からどんどん外れていく。テクノロジーやビジネス開発のトレンドがどんどん変わり、それを実践できる主役が間違いなくY/Z世代となる。マーケティングターゲットはそこにフォーカスしていくべきだ。今の企業トップだって、DXなどテックオリエンテッドの流れにはついていけない。Y/Z世代の意見を聞くしかないのだ。身も心もセンスもお爺さんやオッサン(もちろんお婆さんもオバサンも)を相手にしてはならない。ただし、これは年齢やジェンダーではなくビジネスセンスの問題。70歳でもバリバリのビビッド爺はいるからね。同時に40歳でも置いてきぼりの人もいる。

 

今後企業が意識しなければならないことは、自社が「ソーシャル・プレナーシップ」を発揮しているのかどうかだ。自社が、ジェンダー平等なのか、フェアトレード(相対的に立場の弱い取引相手などに対して、安値を無理強いしたりせず、対等な立場で公正な取引を行うこと)を実践しているのか、環境コンシャスな事業をしているのかなどに、厳しく向き合い、クライアントに説明責任を果たさなければならないのだ。

 

PS. これはそうそうたる有識者が議論してきたNEC未来創造会議が訴える、「意思共鳴社会」にも繋がる話だ。社会は間違いなく成熟していく。「意思共鳴社会」の指摘はとても腹落ちするもの。皆さんも調べてくださいね。NEC Visionary weekのアーカイブでも観れますよ。

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流れは思っているより速いもの

 

経営は進化する芸術 ~ 開放性が鍵?

一気に寒くなった。やっぱり、コロナ対策は「Stay home」に立ち戻らざるを得ない状況だ。それしかないのは分かっているのに、躊躇すればするほど、安心して暮らせる状況は遠のくばかり。残念でならない。

 

産業構造はどんどん変わっていく。2016年東芝白物家電事業(東芝ライフスタイル)を中国の美的集団に売却した。株式の80.1%を約540億円。12/12に日立は海外の家電事業の持ち分の60%をトルコのアルチェリクに約310億円で売却すると決めた。それに対照的な話が、先日発表されたセールスフォースによるスラックの買収だ。なんと2兆9千億円! 二桁違う! これは実に象徴的な事実だ。一昔前の産業の象徴、家庭の近代化、幸せの象徴であった家電の事業価値が薄れ、SNSなどのコミュニケーションツールなどテックベンチャー企業価値が爆発的に大きくなっている。なんだか、とても寂しい。その傾向は日本の衰退と重なる。ディスプレイ、メモリ、PC、携帯・・・ 皆そうだった。今や日本の製造業の輸出を支えているのは自動車のみ。それもほぼトヨタに頼る。電動化が急激に進むマーケット。HVすら排斥される流れの中で、これからどうなっていくのだろうか。トヨタの進める全個体電池だけは中国に負けてほしくないものだ。前回も書きましたが、不確実性から逃げていたら変化に置いてきぼりになるのは間違いない。

 

経営は進化する芸術だと、ワーク・クオーツ編集者ヘザー・ランディー氏は語る。時代の変化やニーズや規範に対応に対応し続けなければならない。同時に戦略の一部は決してスタイルから外れてはならない、と。

 

経営とは何なのか? 思いつくことを書いてみる。

精神性の高いもの

スキルやノウハウだけでは語れない

センスであったり、清廉さであったり、共感であったり

一橋大学の楠木教授も究極的に経営はセンスだという

スキルと共感は、合理と情理の関係とも似ている

IGPI元CEOの冨山さんは、その両方を持たなければ経営はできないという

一種の宗教観が漂う経営者も多い

誰かのために、社会のためにと考え続ける。自らのパーパスを考え抜くとそこに行きつくのかも。

スタイル、センス、想い

だからこそ「リベラルアーツ」が重要と言われる

 

性格スキルという言葉がある。それは昔から多くの研究者によって研究されてきた。性格には、①開放性 ②真面目さ ③外向性 ④協調性 ⑤精神的安定性 の5つがある。イリノイ大学ロバート教授の研究では、開放性を除いて性格スキルは70歳程度までは伸ばせることが分かっている。開放性だけは20歳までは上昇し、60歳まではほぼ変わらずその後下がっていくとのことだ。開放性とは、新たな美的、文化的、知的な経験に開放的な傾向を示す。好奇心、想像力、審美眼、幅広い興味などに現れる。新しいものに触れ、それを取り入れ、変わっていこうする積極性とリンクしているのだろう。最近、経営者には芸術や音楽のセンスが必須だとよく言われている。「リベラルアーツ」の重要性が語られるのも同様だ。

また、仕事の成果は、②真面目さ、③外向性、⑤精神安定性、④協調性 の順で関係性が高いともいわれる。そして、止めに来るのが①開放性なのだ。実はこれが経営者として大成するかどうかに大いに影響していると思えてならない。もちろん、他のものが優れているという前提だが・・・w

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開放してあげて! 違うかw

 

働きがいとは?

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小豆島の新漬けオリーブ。以前に旅行に行った日が丁度、新漬けの販売解禁日だった。普段は輸入のもの、即ち新漬けでないものばかりを食べているのだけれど、初めてこれを食べてはまった。その後浜松町にあるクライアントのビルのそばでこのシーズンに売っているのを発見し、クライアントを訪問した際に買ったものだ。今年はふるさと納税で申し込んだ。解禁日が過ぎてもなかなか送ってこないので、ヤキモキしていたが、やっと先日到着。

やっぱり美味いのだ! 輸入物などは塩抜きしてから食すと良いよ。

今日は、「働きがい」について少し考えてみたい。人生は「就学」「就職」「引退」の3ステップで進む。その先は「死」しかありません。前者2つが昔に比し長くなりました。これからますます長くなるだろうし、「就職」「就学」「就職」と2サイクルや3サイクルの人も増えるでしょう。恐らく多くの人にとって最も長いのが「就職」。即ち働いている時間です。頑張って付加価値を高めなければ稼ぎが少ないし、ある意味競争の世界ににいざるを得ない。多くの人は競争他者と闘っているからです。その「就職期間」をいかに充実して送ることができるかは重要なテーマですね。即ち「働きがい」を感じて過ごしたいということです。

 

働きがい」とはなんだろうか。公益財団法人では、働きがいを「ワーク・モチベーション」と定義しています。ちょっと思い出してください。HRの人なら全員が知っていますね。フレデリック・ハーズバーグの「二要因理論」の「衛生要因と動機付け要因」を。仕事への満足度は、「衛生要因」即ち職場環境や給与や福利厚生などの、本人からすると外的な与えられる要因と、「動機付け要因」即ち仕事がもたらす達成感や成長、困難な仕事にチャレンジする機会や責任ある仕事を任されるなどの、自分の気持ちが鼓舞される内的要因、正に動機付けがあります。前者はなければ不満に感じる、後者はあればやる気が出る。という違いがあります。仕事へのモチベーションは、外発的に(「衛生要因」によって)生まれるのではなく、仕事そのものから内発的に(「動機付け要因」)生まれることが研究から明らかになっています。

 

実は、日本をはじめ世界の働きがいのある会社ランキングを発表し、その実現をサポートする「Great Place to Work® Institute(以下、GPTW)」では、働きがいの定義を「働きやすさ」と「やりがい」の両方が揃っている状態と定義しています。「働きやすさ」とは快適に働き続けるための就労条件や報酬条件などにリンクし、上記の「衛生要因」だと理解できます。仕事のモチベーションと同様に、「働きやすさ」だけを向上させても、「働きがい」は上昇しません。そこに必要なのが「やりがい」なのです。

 

やりがい」をもっと考える必要がありますね。これは個人個人の「仕事観」という価値観に強く結びついていると思います。何のために仕事をしているのか? 何を成し遂げたいのか? 何が喜びなのか? などですね。働く意味を充足できれば、仕事に対するやる気やモチベーションが上がりますよね。自分の能力が活かされた時には「やりがい」を感じますよね。日々成長を感じることができれば「やりがい」を感じますよね。そうです、「やりがい」とは仕事そのものや仕事を通じて得られた「変化」に起因するものなのです。

 

さて、話が繋がってきました。「働きがい」とは「衛生要因」「動機付け要因」の両方を上げていかなければなりません。最近では前者を象徴するのが「働き方改革」ですね。前者はビジブルなのでコンロトールすることは比較的容易です。それに、長きにわたる組合との交渉などで、ほとんどの企業ではやるべきことはやり切ったに近い感覚だと思われます。もちろんこのコロナ禍で出た新しい在宅ワークに関する設備投資やルール整備の問題が残っている企業は多いと思いますが。そうなると、フォーカスすべきは「動機付け要因になるわけです。

 

皆さんも覚えていると思います。2017年にアメリカのギャラップ社が世界で実施した従業員のエンゲージメント調査を。日本はやる気のある社員がたった6%。やる気のない社員が70%を超え、対象国中ほぼドべだったのを。日経新聞で取り上げらた時にはびっくりするとともに、なるほど~と妙に納得したものでした。その後もたくさんのメディアで取り上げられ、話題沸騰。それを引用した書籍はたくさん発行されたし、エンゲージメント上げるためのHRTechサービスがたくさん登場しましたよね。そうです。日本の問題は「やりがい」を上げるということなのです

 

これには、以前に書いた日立の矢野フェローの研究も深くリンクしていますね。社員のHappinessは「やりがい」を高めるのです。

この辺に関してはたくさん書籍やWebサイトに取り上げられていますから、是非ご覧になってください。

 

前回男性性と女性性の話を書きましたね。記事に登場するホフステード社の友人から不確実性に対する話を聞きました。「不確実性の回避」とは不確実な状況や未知の状況に対して、不安やリスクを感じる程度を言います。曖昧、未知、予知不能な状況にストレスを感じ、避けようとする願望強いのか、弱いのか、ということです。ホフステードの5次元モデル(4) 不確実性の回避 (hofstede.jp) に書かれていることを引用しながら考えを述べますね。「不確実性の回避度」が高い文化の国では、不確実性を減らすためにいろいろなルールや規制、縛りなどの仕組みや約束事がたくさん用意されます。「不確実性の回避度」が高い国の典型が日本なのです。それに対して「不確実性の回避度」が低い国の特長とはどんなものでしょうか。想像がつきますよね。リスクの度合いがわからなくても初めてのことであっても、それほどストレスを感じない文化なのです。まず、やってみよう、なのです。ルールは少なく、本当に必要なルールのみです。野中郁次郎氏も言っていますね。日本をだめにした理由の一つが「オーバー・コンプライアンス(過剰統制)」だと。通じる話です。同社は「不確実性を回避する傾向の強い国では人々は不安で忙しそうで、ソワソワしています。平均すると、あまり幸せであると感じていません。」と言っています。なるほど~ 皆さんもそう思うでしょ。仕事上でもがんじがらめで縛られていたら「やりがい」を感じませんよね。

 

社員が光り輝きイノベーティブでオープンな会社は、社員の自律度が高いと感じます。自分で考え自分で判断し自分で行動します。排他的ではなく、人々が交わり共感しあい助け合い楽しみながら成果を追求します。そこには手続きの煩雑さや面倒くささは存在しません。指示待ち人間は存在できません。

 

とはいえ、ルールがないわけではありません。当然ですよね。ネゴの余地のない規則やルールが厳然と存在します。分野ごとに〇〇さえ守れば、やり方は問わないなどという感じです。自由度が高い。その反面、外資系などはその原則を守れない人は厳しく罰せられます。先日歴史の長い典型的な日本企業の部長と話しました。部長には絶大な権限が与えれれていました。皆さんのイメージよりはるかに高額の受注権限です。いくらまでは部長権限で受注判断ができるのです。これは外資系にも存在しないと思います。日本法人であれば確実にHQの承認が必要になる話です。そこまで自由度が与えられている。もしかしたら上場企業の社長の権限より大きいかもしれません。日本企業も変わってきたものです。

 

ところが、その企業がやりがいに溢れているのかと問われれば、「NO」でしょう。ご多分に漏れず、社員のモチベーションやエンゲージメントの向上が課題なのです。現場に権限が委譲されればやりがいが出る、というように簡単に解ける問題ではなさそうです。

 

私は、自分の仕事観、即ちなんのために働くのか? 働く喜びとは何なのか? などに真剣に向き合うことをお勧めします。自分の気持ちを整理し、それに忠実に生きるのです。自分の存在価値を感じ、チームの存在価値を共有し、その実現に邁進するのです。不確実な世界と向き合い、逃げずに楽しむのです。できるかできないかではない。やってみるのです。行動するのです。それがあなたの存在価値なのですから。

 

以前に書いたかもしれませんが、最近ある組合幹部の方と話し合ったときにそんな話題になりました。組合は長い間福利厚生や給与などのアップの交渉ばかりをやってきたが、すでにそういう時代は卒業すべきなのではないか。社員に「やりがい」を感じさせるためには交渉でなく、両者が手を取り合って問題を解決していかなければならないのではないかと。時代は変わったのです。Nomalがない以上NewNomalなど存在しないのです。自分たちで考えるしかない。そこに労使など関係ないのです。

 

冒頭、競争の世界にいざるを得ない、と書きましたが、多くの人にとってはそうかもしれませんが、そうしなければならないということも全くありません。ジェレミー・リフキンの言うように共有社会になっていけば、価値観はガラッと変わります。幸せと競争は無関係です。企業の多くもそのような価値観が社員や社会の共感を得るでしょうし、やりがいを感じるかもしれません。たとえ、競争の時代を長く送ってきたとしても、その世界から離れて、自分の価値を誰かに提供する喜びを糧に生きている人もたくさんいるでしょう。現在の私もそうです。

 

文化に抗うということの困難さは容易に想像がつきます。リーダーの力に負うところも大きいでしょう。しかし、それを乗り越える斬新なリーダーがたまたま現れるという幸運を待ってもしょうがないのですよ。一人一人が自分と向き合い自覚をして変わっていくしかないのです。

女性性は個性

D&I

女性役員が3割いる会社の利益率が、そうでない企業より15%も多いという事実がある。株価が高いというデータもある。業績が良ければ株価も高くて当然だ。企業における「D&I」の価値は誰もが認めるようになった。一色に染まったムラ社会よりも絶対にイノベイティブだし、インクルーシブな文化は社員の心の安寧につながり、風通しも良い。そう、皆が分かっているはずだ、少なくとも建前は。一方で、管理職でも「D&I」って何ですか?という人もいる。これも残念な事実。更に、言葉は知っていても、価値観や行動や言動はそれとは程遠い人が多いのではないだろうか。最近では某区議会議員の偏見にまみれた言動が、世間をにぎわせた。本人は何で批判されているのか理解できていないようだった。それが現実。

 

女性性と男性性

この言葉は最近、私の友人が代表取締役を務める「ホフステード・インサイツ・ジャパン株式会社」のブログで知った。男性性/女性性をこう説明している。

男性性の特徴

  • 業績主義社会が理想で「強い者」「秀でた者」が支持される
  • 欠点の修正を求める社会
  • 働くために生きる。仕事は人生にとって重要な要素
  • 女の子は泣いてもいいが、男の子は泣いてはならない女性性の特徴
  • 女性性の特徴
    • 福祉社会が理想で、貧しい人、弱い人を助ける
    • 寛容な社会
    • 生きるために働く
    • 男の子も女の子も泣いてもいいが、喧嘩してはいけない
    • そして、なんと日本は世界の中で最も男性性の強い国とされているのだ。

 

マッチョである必要はない

女性管理職の一般的特徴は、臆することのないメッセージ性の高いリーダーシップが弱い。積極果敢に攻める姿勢が弱く見えることなどだろう。これは360度評価をすると明らかな特徴として現れるのではないだろうか。少なくとも私の経験ではそうだ。

しかし、その反面、暖かく部下の話をよく聞くとか、落ち込んでいる人に対して的確に手を差し伸べるセンスがあるというような、インクルーシブな特徴があろう。

強いリーダーシップを称賛する傾向の強い日本。いわゆる、「俺についてこい!」的なマッチョなイメージ。「男はこうあらねばならない」的昭和以前の価値観。その刷り込みが今でも堂々と存在する事実。正直、私にも全くないとは言えない。

目を背けない勇気、先送りしない決意、偏見やバイアスなく意見を公平に聞く懐、冷静な分析・判断、ビビッドな感性、尽きることのない向上心、良識的かつ清廉な価値観などがあれば、いわゆる男性性の低い人(女性だけでなく男性も)が管理職やリーダーや経営幹部に向かない、ということは全くない。残念ながら部下にもバイアスがある。女性管理職に対する一種の偏見が存在する場合もある。上司はこうあってほしいと。

しかし、もうそんな時代じゃない。特に女性の社会進出が著しく女性社員の比率も高くなった現代では、女性社員の多くは、男性性むき出しの上司を望まないだろう。そして、男性性が低くても、上記があれば必ず信頼関係は築けるはずだし、現に社会には大活躍している女性管理職・幹部はたくさんいる。その多くにマッチョなイメージは全くないではないか。中には男勝りな迫力のある方もいらっしゃいますがw それは稀有な例🙄。そう、個性です。

 

個性を大切に

男性性が極端とも言えるくらい高い日本は、ちょっと住みにくい。男はこうあるべきだとか、女はこうあるべきだという因習ともいえる価値観にがんじがらめだった時代は長い。昭和までの時代かな。それで苦しんだ人は男女を問わずたくさんいた。特にアバンギャルドな都会と違い、保守的な地方の方が色濃いだろうな。

男性は論理的で女性は感情的、男は度胸で女は愛嬌、、、なんていう類は今では性差より個人差の方が大きいと、分かっているはずでしょ。

今でも日本ではなんとなく、男はこうでなくちゃ、女はこうでなくちゃ的な刷り込みは存在する。子供にそう言ってしまう親も多い。だから、例えばリーダーシップ教育における強いメッセージ性などは、男性は素直に受け入れるが、女性の一部は「そんなの無理」と感じるだろう。リーダーはこうあらねばならない的なことは私も言いがちだ。部下自身もリーダーはこうあってほしいなんて言ったりもする。もちろん性差を意識した話ではなく、人の上に立つ人は男女を問わずこうあってほしいという意味。しかし、それは男性性の強い日本ならではの価値観だと理解する。

しかし、リーダー像なんていろいろあっていい。皆個性的であっていい。必要不可欠なのは、プロフェッショナリズム染み出る影響力だと思う。

女性経営幹部の方々と話すといつも感じる。皆さん非常に優秀。表現は上品だが切れ味が鋭い(ただし大きな太刀ではなくペティナイフという感じ)。俯瞰的に見ることができるし、そのためにファシリテーションがうまい。偏った見方をしない、実に公正公平。常に優しさが漂ってる。言い換えるとインクルーシブ。私は足元にも及ばない。私は尊敬の気持ちに溢れ、実に幸せを感じる。もちろん、そんな人は男性にもたくさんいらっしゃる。

 

Glass ceiling

30%クラブに入会する企業も増えた。私のクライアント企業も○○年には女性幹部を△△%にすると社長が決めた。「クオーター制」、いいではないか。男性性優先のバイアスが色濃い日本においては、そのガラスの天井を壊すためにはそれくらいの変革が必要不可欠だと思うのだ。

アメリカでは、副大統領になるカマラ・ハリスさんが、「ガラスの天井にひびを入れた」と称されていますね。彼女の母親(インド出身)がまた素晴らしい。「あなたが先駆者でもあなたが最後になってはならない」と娘の背中を押していたのだ。

ガラスは必ず崩れ落ちる。落ちた欠片が放つ光は正に「カラフル」だろう。「D&I」は複雑に光を反射し、混ざり、色を変え、何度も反射し、見たこともない色を創り出し、人々を、社会を豊かなものにしてくれるはずだ。

ジェンダーギャップ指数が121位の日本。すぐに改善するとは思えない。皆の価値観が変わるには時間がかかる。一人一人が変わる努力をしないとね。

 

PS. アメリカでは、CDIO(最高ダイバーシティインクルージョン担当責任者)を置く企業が多い。Appleもその一社であるが、先日そのポストにIntelで同じポストにあったバーバラ・ワイ氏(53歳女性)を副社長として指名したと報道があった。

AppleのWeb“Inclusion & Diversity”によると、2018年時点でのAppleの従業員全体の33%が女性(30歳以下では38%)(男性比率が高いIT企業としては凄く高いと思う)で、米国での従業員全体の50%が非白人だそうだ。正にD&I。(同社ではI&Dだね)

PS. 11/27に日経新聞主催で「ジェンダーギャップ会議」が行われ、東京センチュリーの原真帆子専務がパネルに登場し、こう話していた。女性管理職研修で悩める彼女らに、俺についてこい的な縦の強いリーダーシップは必要ないんだよ、皆の意見をよく聞くような横のリーダーシップが大切なんだ、と話すと、それでいいんですねと彼女たちが安心すると。そう女性管理職も、リーダーはマッチョでなければならないというバイアスを持ってるんですね。それが当たり前だった歴史しかないのだから無理もありませんね。

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カラフルは、バランスであり安寧でもある。

 

 

Happiness

以前から毎年秋になるとフォーラムや展示会が多数行われる。コロナ禍での今年は、オンライン開催のハードルが下がったこともあり、やたらたくさん開催されている。私も可能な限り聴講している。私のコーチングスケジュールは前月の上旬にはほぼ決まっているので、気が付いた時にはバッティングしているケースも多い。そのようなときには、アーカイブを用意してくれているサイトが有り難い。実は、いろいろなクライアントと話すが、ほとんどの方が、このようなオンラインフォーラムを聴講していない。勿体ないですよ。上質なインプットなしに成長はありませんよ。それに、多くは無料です。

 

■幸せな集団

日立の矢野さんはHappinessの研究で有名だ。読者の多くもご存じだと思う。その長期にわたる研究で、幸せな集団は、生産的で創造的で心身を健康にし、事故や離職が少ないことを証明している。そして、そのような職場の特長をこのように定義している。先日のフォーラムでこんな風に話していらっしゃった。僕の理解は、以下の通り。

①職位に関係のないフラットなコミュニケーション

②組織図に関係のない人間関係

③予定表にない5~10分のライトな会話

そのような職場には「信頼できる関係」が存在していると。

ところが、これらはコロナ禍で実現が難しくなっていることばかりなのです。

 

■振り返れば

振り返れば、皆さんの職場には昔から次のような幹部がいたのではないでしょうか。

そもそも、偉そうな上司は、ことごとくこのような行動を嫌う。こういう人を「裸の王様」という。突然「今いいですか?」なんてアクセスしてくる部下、ましてや他部署の人に対して、嫌な顔をしたり、「突然来るな!秘書を通せ」とか、「時間がない」とそっけなく冷たさがあからさまだったり、そういう幹部の秘書に限って、自分の判断で鉄壁なデフェンスをしたりする。秘書には悪気がない。そんな上司の意向を忖度しているだけだ。可哀想に。

あなたがそんな上司であれば、心から反省すべき時です。そんな態度では部下の幸せは実現できませんぞ。以前のブログの様に自分はそんなことはないと思っている人の大半は、すでに「裸の王様」の可能性がありますよ。部下から指摘してあげましょう。上司のためを思ってw。

 

■コロナ禍の工夫

さて、

コロナ禍で、このようなフラットでライトな会話を日常の中にビルトインできるのだろうか。色々な職場で取り組みが進んでいますね。参考にしてください。

☆オンラインで朝礼や終礼の習慣を作る。

☆オンラインでランチ会や3時のお茶会や飲み会を行う。

☆上司が、毎日決まった時間にZoomをオープンしておき、誰でもアポ無しにアクセスできるように知らしめておく。

1on1のみならず、ワークショップなどを積極的に開催する。

☆それも階層を飛び越えて(スキップして。中間階層を抜きにして)行うパターンもあり。(スキップ(レベル)・ミーティングなどと言います)

☆もちろんすべて顔出しで行うのが大切。表情のない会話はツーカーの関係ですら、真意が読みづらいのですからね。

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こんな書斎が欲しいw