安定の不安定 考えたくない将来 でも向き合わなければならない

ロシアによる一方的なウクライナ侵攻の長期化は、欧米各国の協調に影響を与えかねない状況になってきた。専制政治の暴挙に対する民主主義の対抗という価値観は共有しているものの、足並みが徐々にばらついてきたように感じる。NATOEUの求心力は鉄壁だろうか。そんな心配が頭をよぎる。同時に、インフレ、景気悪化、コロナ禍ストレスなどにより、各国の現政権に対する不満、スキャンダル、右傾化などがじわじわと進んでいる。

英、仏、米などの政権はとても不安定になってきた。(ドイツは昨年政権が変わった)客観的に見ると、統一教会スキャンダルなどがあろうが、日本が政治的に一番安定しているのかもしれない。自民党に代われる政党が全くないことが一番の理由だが・・・

世界はどうなっていくのだろうか。ペロシ米下院議長の訪台に対する中国の過激な反応を皆さんはどう感じるだろうか。任期間近の老人の卒業旅行ともいえる訪台。ロシアも中国も民心を束ねることに必死だ。綻びを繕う毎日。プロパガンダにメディアの統制。言論の自由は即体制の崩壊につながる。自由にさせないことがサステナビリティ―の確保なのだ。ペロシ氏の訪台は、実は習主席にとっては反米をたき付ける好材料だったのではないか。緊急演習も日米をターゲットにした当然の対抗手段。悪いのは日米なのだというすりこみ。残念ながらそれは成功しているように感じる。

米政権も、本音は訪台を止めてほしかった。こうなることは見えていた。米中の軍のパイプは閉ざされ、中国を益々孤立させることになってしまった。

関係は改善などできない。そうっとしておくことが最善の選択のはずなのに、パイプすら失いかねない。現状維持すらできない行動は、愚かに感じる。人権問題など放っておけないという価値観はよく分かる。しかし、力尽くで相手をねじ伏せることはできますか? できないことに挑戦せざるを得ない道を進んでいるだけだと感じざるを得ない。

東アジアも東ヨーロッパも地政学的リスクは増すばかりだ。

どちらかが折れるという解はない以上、対話で互いの立場を理解し、戦略的な互恵関係、言い換えれば共存共栄しか選択はないと感じる。

民主主義が世界に浸透するなど夢だと考えるしかないのではないか。

 

ナシーム・ニコラス・タレブ氏は「COURRIER JAPAN」でこう言う。「ウクライナ人が望んだのは、『良性』の国際秩序の一部になることです。『良性』とは、自己修正できるので、ちゃんと機能するという意味です。」そう、民主主義とは自分で修正できる。そのプロセスは凄く面倒だが、できるシステムなのだ。それに対してロシアや中国の専制政治体制にはそれがない。

「西側のモデルには、『反脆弱性と呼ぶ特質が備わっています。『反脆弱性』とはストレスやショックや激しい変動に見舞われると、かえって力が強くなるシステムの特質のことです。ロシアにはこの『反脆弱性』がないのです。」

国民が学んで、白血球がウィルスを滅亡させるような機能があるのではないか。専制国家は、内にこもって自ら厚い壁を作りウィルスという現実に向き合わない。脆弱なまま孤立し反骨精神だけ育んでいく。そんな感じなのではないだろうか。

 

考えれば考えるほど、混沌としてくる。僕たちが住む東アジアの平和は明らかに揺らいでいる。現状維持というある意味後ろ向きな解決が最善の解である現実を前にして、それすら夢になりつつある。

とはいえ、防衛費を大胆に増額するのか等の、現実解に国民は向き合わないければならない。いざとなったら誰も助けてくれないかもしれないのだ。一人一人が万が一を想像すべきだ。中国の戦闘機が自衛隊の戦闘機を攻撃したら? 演習のミサイルが沖縄県の島に着弾したら? 中国が台湾上陸を図ったら? 米国の航空母艦が中国に攻撃されたら? 中国の潜水艦が東京湾に入ってきたら? どさくさ紛れに北朝鮮が日本に向けてミサイルを発射したら?・・・ 全部あり得ますよ。日本はどうするべきなのか? 考えたことはありますか? 中国は絶対に自制すると言い切れる人はいないと思う。それはもはや能天気な夢ではないか。政府はもしそうなったらどうするかを考えれば考えるほど・・・  

さあ、どう向き合いますか? 自分は「関係ない」と言うのですか?

こんな日本を将来に残したい

 

仕事のお供 と 脅しとはったり

コリーヌ・ベイリー・レイとエマ・ジェーンが作り出す幸せ

 

相変わらず、自宅での仕事は音楽を聴きながらリラックスして行ってます。最近のお気に入りを紹介しますね。良かったら聴いてみてください。もちろんサブスクで聴くのが手っ取り早いですが、会員でなければYoutubeでも聴けますよ。

 

コリーヌ・ベイリー・レイ(Corinne Bailey Rae)

"Put Your Records On" "Like A Star" "The Scientist" などが特にいいよ。たぶんどこかで聴いたことがあると思う。どこか悲しくて、でも這い上がろうとする意思を感じるトーンだ。良かったらググってみてください。動画込みで聴けますよ。

 

エマ・ジェーン(Emma Jayne)

"Morning""Feel Like That"などがいいですよ。これもYoutubeで聴けますよ。彼女は日本ではほぼ無名。バックのサウンドも最高。生で聴いたらいいだろうな。

 

 

■脅しとはったり。結局は国益

 

少し前の話。バイデン大統領がサウジのムハンマド皇太子を訪問した。カショギー氏殺害はあなたの責任だと責めたという話やら、石油増産をお願いしたという話やら・・・両方円満に話したなんてありえないし、皇太子は相当頭にきて、報復を考えているなどという報道もあったりする。サウジはロシアとも近く、ロシアの石油を今でも相当買っている。必要ないのに買っているわけ。たぶん安く買っているのだろうが、それを増産と称して欧米に売る可能性だってある。圧力をかけたバイデンはロシアに塩を送っていることになるかもしれない。いずれも事実は分からない。欧米のメディアだって怪しい。イランはドローンをロシアに提供し、石油を大量に輸入しガソリンなどに精製し他国に流している。

 

どう思います? 皆自国のことしか考えていない。損か得か。世界平和より国益国益を否定しているわけではありません)。それが現実の一面。今世間を騒がしている自民党と旧統一教会との関係にも通底したものを感じる。票の為だったら誰とでも組むのかという話。勝ってなんぼの選挙。そのためには汚れてもいい。勝てばなんとかなる。そんな価値観が世界のトップの中にも明らかに存在すると思う。

特に今年は世界の混沌が深まった。常に悶々としている。

ルートヴィヒ美術館展に行ったときに、
国立新美術館ミュージアムショップで衝動買いしたピカソの絵が、やっと届いた。
やっぱり今のテーマは平和でしょ。
仕事場がより落ち着いた感じ。マチスは逆サイドにお引っ越し。
もちろん全部リプリント。

 

「部下のことはよく分かっている」という誤解

■データがバイアスを作り出す
こんな話があります。どう思いますか?
A 富裕層が率先してCO2排出量を減らすべきだという批判がある。それは正しい。事実、富裕層トップ10%の排出量を平均的なヨーロッパ人のレベルに減らすだけで、1/3程度の排出量を減らせる。
B 2040年までに、EVは現在の200万台から、2億8000万台までに伸びる(by IEA)というが、それで削減される世界のCO2排出量は、わずか1%と推計される。

内容は、素直に「あらびっくり!」かもしれませんね。私もそう感じました。人間の認知力には限界があります。すべてのデータを前にして判断することは現実的にできないし、結局は限られた情報のみで何らかの感想を抱いたり、判断したりする。やむを得ないことではありますが、もちろん多くのバイアスを作り出し、フェイクに衣替えしたりもする。それがあたかも真実だと思う人もたくさん現れる。それはとても不幸なことです。

上記A、Bも恐らく正しい推測でしょう。しかし本当は、私はそれが正しいかどうかは分かりません。研究者の研究成果なのか、公的機関のレポートなのかも知りません。残念ながら世間ではそういう誤解や事実誤認がたくさん存在します。権威ある新聞ですら誤報をしますし、誘導もします。膨大なデータを処理し、意味のあるもの(自分の主張にとって都合の良い)に加工することが得意なメディアもたくさんあるでしょう。

ABとも、それを読んで何を感じどう活かすのかは人によって全く違うでしょう。恐らくほとんどの人にとっては「関係ない話」として脳のごみ箱に入れられることでしょうが・・・

たとえばA、たった10%の富裕層の無駄遣いを批判することに有効な記事であることは、間違いないことでしょう。しかし、しかし、それが世界のカーボンニュートラルにどれくらいインパクトがあるのかは分かりません。1/3って何なのかは分かりませんし、その総量が世界の中のどれくらいなのかは全く分からないからです。即ち、この記事は富裕層の贅沢を批判するためにしか機能していないと言っても、過言ではありません。それに何の意味があるのでしょうか。

Bは、逆にEV化のインパクトが想像しているよりはるかに小さな印象を持たせます。私などは、EV化がカーボンニュートラルの決め手になるくらいのイメージを抱いていました。その根拠は? なんとなくです。そうデータを解釈して判断しているわけではありません。1%でしかないと理解し、EVしか製造してはならないという、世界の政治的シフトを批判しますか? それよりもっとやるべきことがあるのではないかと、データを探しますか? メディアって責任が重たいですよね。要は、何を伝えたいのか? 記者の清廉な思いとは何なのか? 何を主張すべきなのか? 正しい情報とは何なのか? 残念ながらその答えを満たしてくれるメディアはごく一部です。大半は、あらゆる情報をゴシップとして扱います。「え~っ、そうだったの!」と思わせるためだけに使います。要は、「読ませてなんぼ」くらいにしか考えていない。

メディアの低下は大きな問題ですね。読者、視聴者サイドの大人の(年齢ではなく成熟度)価値観が必要不可欠です。

人はそれぞれ多様な信念を持っています。その信念を強固にするために、また、自分の正当性を明らかにするために情報を使います。例えば、益々かつ永遠に開いていく格差社会を常々批判している人にとっては、Aはそれを助長する政権批判に使うでしょう。自動車はエンジンに限ると思っているエンスージアストにとってみれば、BはEVシフトがどれだけ愚策で、それによって職を失う自動車産業の労働者問題の方がずっと大きな問題だ、という主張に転嫁されます。

このような人間の性は避けようがないのでしょう。誰でもそういうところはある。しかし、できるだけ「科学者の目」メタ認知するよう努力すべきだと思います。この辺の話はおいおいまたしたいと思います。

ビジネス上の罠はあちこちにあります。客観性を磨きましょうね。

 

■「部下のことはよく分かっている」という誤解

半年に一回の1on1(昔は業績レビューと称して面談をしていた)の機会。私の昔の上司は皆(当然上司は何人も変わった)、「いつも話してるからいいよね」とその機会を棒に振っていた(面談してくれなかった)。この裏には何があったと思いますか? 「部下のことはよく分かっている」という誤解ですね。これは陥りやすい落とし穴ともいえる。日々のコミュニケーションはもちろんたくさんあります。時々飲みにも行っていました。これが誤解を生む。僕の悩みや感情や願いは分かってはいなかった。そう、ほぼ話していなかったのです。もちろん、僕にも問題はある。「話しても始まらない」だ。その人に分かってもらったからといって、助けにはならない、という失礼千万な決めつけ。自分のことは自分で考え、解決してきた。今となってはそれが決して良いことだったとは思っていない。もっと多くの人にアドバイスを求めればよかった。もしかすれば、違った人生を歩んでいたかもしれない。いやいや、今の人生を悔やんでいるわけではありませんよ。充実した人生だったし、ウェルビーイングな人生だったと言える。しかし、クリア度は変わっていたかもしれない。

上司は誤解する生き物です。都合の良いように解釈します。もちろん、この特徴は上司に限ることではなく、すべての人間に当てはまるものですが、こと上司となれば皆さんにとっては、シリアスですよね。

前にもハイコンテクストの問題は書きました。上司は部下との関係を「ツーカーだ」と絶対に思わないでほしい。そう思うから溝が生まれる。「分かっちゃいない」のです。だからローコンテクストを前提に、コミュニケーションの深化の努力を続けるべきです。決して部下に頼ってはいけませんよ。自分から能動的に行動するのです。

前提は「ローコンテクスト」 - Heaven's Kitchen / 清水のブログ by Seed Master Consulting (hatenablog.com)

濃厚接触者自宅待機期間開けのゴルフ
やっぱり家の籠るのは滅入る
夏は暑かろうか、日焼けしようが、太陽の下にいないとね
年々下手になっていくゴルフ 楽しむこと優先(^^♪

 

1on1がパワハラ? うそでしょ・・・

ロジック・ブレイン社の企業における1on1の実態調査によると、「1on1ミーティングの際、上司と本音で話すことができていますか?」に対して「はい」が57.8%。「1on1ミーティングの際、パワハラを感じたことがありますか?」に対して「とてもある」が12.8%、「たまにある」が31.6%で合計44.4%がパワハラを感じているとのことだった。

本音で話せていないと感じる人が4割以上。パワハラを感じたことのある人が4割以上。この結果を見て管理職の皆さんはどう感じるのだろうか? A「自分は絶対にそんなことはない」ですか? B「もしかすると自分もそうなのかもしれない」ですか?

勝手なことを言いますと、Aに客観性はないですよね。部下の感情は全然違うかもしれません。人間は結局自分に都合の良い判断をします。そもそも部下からフィードバック(FB)をもらったことなどないでしょう。仮にあったとしても、もしあなたが普段から一種の圧力を醸し出している人だったら、部下は正直なFBを話しませんよね。そう理解すべきです。

更に、オブラートに包みながらも、本音はなかなか話せませんとかの感想が述べられたとしても、部下のことを「僕はオープンなのにあいつはなぜ遠慮するんだ、そこがダメなんだよな」なんてボヤいたり部下の姿勢を批判したりします。それを正常性バイアスといいます。自分にとって都合の悪い情報は聞き入れないことです。何度も書いていますよね。また、エンゲージメントサーベイの結果が良かったら、上司に「僕がフランクに1on1やっている成果が出てますね~」なんて鼻高々になるし、結果が良くないことを、上司に注意喚起されたら、その管理職は「どれだけオープンに接しようが、今の若いもんは本音を語らないんですよ」なんて自分のことはさて置いたコメントを平気で吐いたりする。これは正に「自己奉仕バイアス」です。成功すれば自分のお陰、失敗したら他人のせいにしてしまうバイアスです。最低ですね!

でも、どちらも「あるある」ですよ。間違いなく、多くの人(あなたも私も)がそのバイアスに陥っていることは間違いないのです。

どうすればいいのでしょうか。もちろん、Bの理解をするべきです。これは言い換えれば「自分と向き合うこと」ですね。鏡に写る自分を見るように、三者の目で自分を見ることです。難しくても、事実を直視しようと努力し、真実を理解しようと努力し、反省し、行動を変えることです。もしかしたら・・・とよぎったら試しに行動を変えてみたらいいのです。その繰り返しがあなたを優れたリーダーに押し上げることでしょう。

 

冒頭の話に戻りますね。パワハラに感じるひとが4割以上。感じるかどうかは受け手の問題ですから、何を言っても感じない人もいれば、ほんのちょっとしたギャグでそう感じる人もいるでしょう。いずれも、上司の、相手の表情とか振舞などから感情を読み取る力で感じなければなりませんね。特に、上司の単刀直入な質問は部下の不安と混沌を生んでしまうものです。「あの件どうなったんだ?」「反応はどうだった?」「次はどうするんだ?」などというぶっきら棒な質問にはへこみます。「何のことを言ってるの?」「誰のことを言ってるの?」「何を期待しているの?」「新人の僕に分かるわけないじゃない」「何を心配しているの?」「部長はどこまで理解して聞いているの?」純粋な部下は緊張し部長の気持ちや本音を理解しようと、頭の中はグルグルですよね。ちょっとでも反応しようものなら、「そんなことを聞いているんじゃないよ」だって。だったら何を聞いてるの?

部長に悪気があるかどうかは全くどうでもよく、部長が悪いのは間違いありません。これはパワハラに感じられてもしょうがありませんよね。こんな風景が日々展開されている可能性がありますね。だからFBが必要なのです。本人ではなく、周りにの人でもいいですよ。以前に在宅オンラインが当たり前になったときに話題になった川柳です。家族にオンライン会議の様子を聞かれたのでしょうね。記憶では「会社では 偉そうなのね お父さん」(笑) 立派なFBです。

上司は的確な質問をすることがとても重要です。クローズドな質問(YesかNoの返事で終わってしまう質問)は最小限に止め、オープンエンドな質問(答えが決まっていない質問)を、背景や意図を分かりやすく伝えたうえで行うことが必要不可欠です。徹底して優しい表情と言い方でね。そして、立て続けの質問や上司が持論や指示を長々行うことなどは絶対に避けなければなりません。やるべきは、的確な質問と、傾聴、相手に対して深い好奇心を抱くこと、承認・称賛です。そして最小限のアドバイス(*)と、協力です。「僕が助けられることはあるかな?」という感じです。

(*)なぜ最小限のアドバイスが大切なのでしょうか? 手取り足取り詳細にアドバイス(というより指導)してしまうと、部下は考えなくなるからです。結局指示待ち人間を作ってしまうことになります。

ミーティングの満足度は、自分が話した量に比例すると聞きました。腹落ちしますよね。1on1も同じですよ。聴いてあげることが大切なんです。即ち、話しやすい質問をすることです。もちろん核心・本質に到達できるような問いを。即ち部下が自分と向き合うようにです。上司は命令する人ではありません。触媒なのです。化学反応を助けてあげる役目なんです。

上司との魅惑のランチの席ですら、心を開いているとは限りませんぞ。
上司は丁寧な準備をして1on1に臨むべきです。

 

僕の吟味とソクラテス

この歳になって教養のなさを反省する毎日です。例えば、歴史や哲学。前にも書きましたが、出口さんの著作である「哲学と宗教全史」を読んで、砂漠が水を吸い込むように学ぶ楽しさを味わったり、ウォーキングしながらその手のポッドキャストのコンテンツを聴き、学んで感動したりしています。そんなエピソードを一つ書きますね。

 

ソクラテスはご存じですよね。紀元前400年くらい前まで生きていたギリシャの哲学者です。実は彼は著作を残していないので、言われていることがどれだけ本当なのかはよく分かりません。ちなみに著作を残していないのは、キリストやムハンマドなどもそうなんですよ。要は、弟子たちが(本当かどうかは分からないが)教えを書き残したのです。

例えば、ソクラテスの言葉として有名なのが「無知の知」ですね。何も知らないことを自覚する人は、しない人より優れているという意味ですが、彼はそんなことを言っていないというのが最近の研究の主流になっているらしい。曰く、「不知の認識」すなわち、知らないことを認識することが大切だ、と言いたいらしい。それはさておき、ソクラテスは結局処刑されてしまいます。要は、本質を追求した人は社会に受け入れられたわけではないのです。

さて、こんな話があります。真っ暗闇にが象がいたとします。何人かが何も知らずにそれに触ります。誰も、世の中に象という存在がいることを知りません。ある人に聞いたら、足が凄く太い生き物だと説明します。別の人は、鼻が凄く長いと。別の人は耳が大きいと。更に、皮膚が凄く固いと。それぞれが様々な表現でどのような生き物か説明します。すべて正しいが、よく分からない。各人は他者の言うことに対して「そんな生き物ではない」と思います。

そんなことは、僕たちのビジネスでもたくさん経験していませんか? 見ているビジネスの状況は皆違います。自分の見ているビジネス環境・状況が正しいと思っている。しかし、それは一面でしかない。そして、もしかしたら各人がバイアスを持っていて、そう思い込んでいるだけなのかもしれないし、思っているものと違うものは、無意識に見ていないのかもしれない(「正常性バイアス」都合の悪いものは見たくない)。

例えば、正義や悪も一つではない。プーチンの正義は僕たちの正義とは全然違う。ロシア国民の多くは、僕たちとは全く違う景色を見ているのです。もしかすると、僕たちだってバイアスにまみれているのかもしれないのです。

即ち、正義や悪という一見普遍的なものも何が正解なのかなんて分からない。マイケル・サンデルの「これからの『正義』の話をしよう」にも似たような話があったような記憶があります。

 

さて、想像してみましょう。何が正解かなど分かるわけがない状況で、リーダーはどう振る舞うべきなのでしょうか。ファクトとデータで論じればいい、って? そのファクトだってバイアスかもしれませんよ。都合の良いデータだけ見ているのかもしれませんよ。それに、データなんかほとんどないことばかりですよ。データが集まるまで待つのですか? いつまで? それでいいんですか?

状況は時々刻々変わっていきます。時間がたてばチャンスはなくなる。リカバリーにより多額なコストがかかる。さ、今すぐ決めなさい! 

何が正解がわからないことばかりなのに、あなたは決めなければならない。鼻が大きな何かって敵ですか味方ですか? どうやって判断するのですか?

それでもあなたは判断しなければならないのです。

 

戦略判断には正解などないのです。正解など分からなくても決める。それがリーダーの仕事です。

リーダーは判断をしなければならない。それは間違いない。さあ、どう向き合うべきなのでしょうか。

 

見る景色は人により違う、経験も違う、感度も違う。あなたは学び続け(実際経験をすることだけでなく、本を読み話を聴き疑似体験することも含めて)、センスを磨ぎ続けるしかないのです。

そして、「きっとこうだろう、やってみよう!」 と決めるしかないのです。それは正解ではないかもしれない。しかし、多くの部下が、賭けてみようと思えるリーダーの物語(ナラティブ)に共感すれば、賭けは成立するのです。

 

何が善であるか絶え間なく「吟味」して自分の生を正しく導き続けたソクラテス。リーダーの使命も同じだと思いませんか?

また、吟味を続けるということは、「より良く生きる」ということに他なりません。即ち、考え続けることはウェルビーイングに必要不可欠なのだと思います。流されない人生。自分で考え自分で決める。吟味の先に自立があり、自立の先にウェルビーイングがある。そう思うのです。

 

僕の考えは、あまりに薄っぺらく説得力もない。それは間違いない。しかし、それが僕の吟味だと思う(吟味の限界?)。

歴史や言い伝えらえているエピソードなどをヒントにして、僕が勝手に考えているのです。現代のビジネスシーンに置き換えたり、混沌とした組織の感情の渦を想像してみたり、経験の浅い社会人を主人公にしてみたりして、僕自身の経験や直観が語りたがっている物語り(ナラティブ)を創造しているのです。

語りたいという気持ちを想像できない人も多いでしょうね。僕なりに表現すると、年長者の奉仕、貢献、利他心・・・う~ん、どれもぴったりしないかもしれませんが、これからもっともっと成長・活躍してほしいビジネスパーソンに対して少しでも役に立ちたいのです。それは一種の押し付け、ごう慢なのかもしれません。いつもきっとそうだろうなと感じています。否定はしません。利他心と利己心は表裏一体だと思います。ペアなのかもしれません。

そんな気持ちは会社勤めをしていた時から、実はずっとありました。誰かの役に立ちたい。特に若い人の役に立ちたい。違う景色に気付いてもらいたい。自分とは何なのかを考えてもらいたい。変化から逃げないでもらいたい。見たくないものを見てもらいたい・・・

そう、それって「吟味を続けること」なのだ。「吟味」って何? しっかり調べて確かめること? いや、それだけでは何かが足りない。そう、本質を確かめるために考え続けることなのだと思う。ソクラテスに笑われるかもね(^_-)-☆

洞窟のイドラ」経験していないことも想像力でカバーしないとね。
4つのイドラ - Heaven's Kitchen / 清水のブログ by Seed Master Consulting (hatenablog.com)

 

そうだ、選挙に行こう

民主主義はとても面倒だ。

しかし、僕たちは民主主義だからこそ、自由を謳歌している。ロシア、中国、北朝鮮をはじめとする専制国家の抑圧や排除、プロパガンダ、軍事的・経済的暴挙、人権無視などを受け入れることはとてもできない。

 

しかし、僕たちは民主主義のライセンスを放棄していると思う。そう、意思決定に参画することが最高のライセンスなのだ。しかし、選挙の投票率は漸減し続け、ひどく低迷している。国政選挙においては、特に参議院選挙の投票率が低い。前回の参院選(R1)の投票率が48.80%。年代別に見ると、10代が32.28%、20代が30.96%、30代が38.78%とこれら若手の投票率がワースト3だ。将来は彼らの手にあるのに、その将来を放棄している様に見える。高齢者は早晩いなくなる。君たちが社会の担い手だし、意思決定の中心になっていかなければならないのに、参加の機会を捨てている

意図的に拒否しているのだろうか? 主義主張があって拒否しているのであろうか? 残念ながらそうではあるまい。

その裏にあるものは「無関心」ではないだろうか。「関係ない」という当事者放棄。これほど恐ろしいことはなかろう。極端な状況を想像してみると良い。投票者がある世代の人しかいなかったらどうなるのかと。例えば70歳代しかいなかったら。候補者はその世代にフォーカスした政策を打ち出し、他の世代はすべて無視する。働き手は搾取され、将来に希望を失う。それでは国家のサステナビリティはなくなり、自然死への道を進む。もちろん、70代の人の中には国を憂い、高齢者に額ずくだけの候補者には投票しないかもしれないが、人間は結局自己保存の本能に従い、多くの人は自分にとって都合の良い候補者に投票するでしょう。そうは思いたくないが、そんな悲しい未来が頭をよぎる。

 

一番恐ろしい「無関心」。当たり前のように「関係ない」と言ってしまう若者。想像力が乏しすぎる。「当事者意識」「オーナーシップ」なき人々が国民の過半を占める民主主義国家って何? 

皆さんご自身はもとより、子供たち、友人などと話しましょう。選挙のこと、日本の未来を決める当事者意識のこと。

7/10に行われる参議院選挙。今までより、少しで良いから真剣に向き合いませんか。

 

無くなって初めて分かる。それがいかに重要だったか。

民主主義をそのように扱ってはならない。

何でも神様にお願いすればよいというものではありません。
自分の意志で自分の将来を切り開かければ、ね。
神主の祝詞でも、○○さんは頑張ってるから助けてあげてほしい、と言っているのですよ。
即ち、彼(彼女)は自分の力でできることはすべてやった。
だから、あとは助けてやってください、とね。
@素盞雄(すさのお)神社

 

ウェルビーイングをもう一度深堀ってみる

皆さん暑い夏、いかがお過ごしですか? 今日は少し整理をしてみたいと思います。

 

僕は今まで時々ウェルビーイングのことを書いてきました。とても大切な概念で、僕たちがどのように人生を送るかに大きな影響を与えると思っているからです。

 

少し前に行われた慶応大学の前野教授(幸福学)の講演を少し引用して、整理してみたい。言うまでもなく、Well BeingとはWell=良く Be=在る ということですから、良好な状態を示すわけです。「幸せ」より広い概念なわけですね。

シンプルに「幸せ」を想像すると、「欲」にリンクする「比較できるポジショニング的な優越感に繋がるもの」が思い浮かびますよね。それを彼は「地位財」型の「幸せ」と言っています。他人と比べられる「財」、即ち金やモノや社会的地位などです。それを有することで、「金銭欲」や「物欲」「名誉欲」を満たし「幸せ」を感じるというものですね。これって、普遍的なものでしょうか。例えば僕などはぼぼなくなりました。欲しいものがなくて困るという境地に入っています(笑)(涙) そう、嗜好は変わるし、満たされたと感じた一瞬を過ぎると虚しくなったりもするし、「足るを知る」という価値観にいつかは到達するのではないでしょうか。要するにワンポイントの刹那的な「幸せ」なのでしょう。

それに対して「非地位財」型の「幸せ」とな何なのでしょうか。ここがポイントなのですが、彼はこう言っています。

三つの種類が存在する。一つ目が身体的に良好な状態(Well Being)」で、簡単に言うと肉低的「健康」ですね。二つ目が精神的に良好な状態」で、心の「健康」です。そして、三つめが社会的に良好な状態」で安全安心な環境にいられるかなどでしょう。私はそう理解しました。

二つ目と三つ目を少し深堀ます。「精神的に良好な状態」ですが、これは彼がいつも言っていることですが幸せには4つの因子があるというものです。これがないとWell Beingであり得ないという重要な視点です。少し僕の解釈を込めて書きますね。自己実現とそれに伴う成長です。ここで大切なことは「やってみよう因子」です。自分の強みや主体性を活かして、自由に新しいチャレンジをすることですね。ここに上司の問題や企業カルチャーの問題が大きくかかわるわけです。Amazon「2Waydoor」の話は前に紹介しましたよね。そして、野中郁次郎名誉教授の「三つの過剰」が日本をダメにした話もしましたよね。これが分かっていないと従業員のWell Beingは実現できないのです。とても重要なことなので心から理解してほしいものです。これも前に書いたギャラップ社のQ12とも同じ話ですよ。皆話はリンクしています。それらをメタ認知することによって僕たちの行動は変えられます。もっともっとWell Beingな職場を作れるのです。それほど難しい話ではありませんよ。

続いて②「つながりと感謝」です。彼は「ありがとう因子」と表現しています。人は他者と繋がらないとWell Beingを感じません。そのためには「多様性」を楽しいと感じる寛容性や、利他心が必要不可欠です。変化の激しい現在、イノベーションこそがそれを乗り切り楽しく仕事をする源泉です。しかし、境界を作ってしまってそこから出しようとしないムラ社会組織が跋扈していますよね。それではイノベーションは実現できません。対人的な交わりには信頼関係が必要不可欠です。境界を越えてコラボレーションを起こす「コレボレーション・リーダーシップ」がこれからの時代の最も重要なリーダーシップだと以前に書きましたよね。認め合う力は「女性性」と言ってもいいでしょう。リーダーには女性性が必要不可欠です。これも書きましたよね。

そして③「前向きと楽観」です。彼は「なんとかなる因子」と言っています。私は「自己効力」だと思っています。全力でチャレンジすれば何とかなる、と思って進むことがどれだけ楽しいことか。それを体現できるチームでありたいですよね。これは、①の「やってみよう因子」と同根ですね。

最後が④「独立と自分らしさ」です。「ありのまま因子」と表現していますね。意志をもって自分らしくいることは即ち「自立」だと思います。そして、リーダーがコミットしなければならないことが職場の心理的安全性」です。「1兆ドルのコーチ」にこう書かれています。心理的安全性とは、ありのままでいることに心地よさを感じられるような風土のこと」です。いろいろな表現がありますが、僕はこれが一番腹落ちします。「心理的安全性」に責任を持つのはリーダーの使命です。特に在宅オンラインワークが増えた現在最も注意を払わなければならないことがここですね。この点もリーダーの女性性に深くかかわることです。

さて、なぜ「非地位財型の幸せ」が大切なのでしょうか。それは「地位財型」と違い長続きするからです。刹那的ではないのです。そしてそれは伝染します。自分だけ幸せということではなく、チームの公共善に繋がり、「ヘルプシーキング」(これも書きましたね)が日常的に起こり、心理的安全性」が定着し、共感の嵐が起こり、前向きに全力で仕事をすることが楽しくなるのです。

 

今回は復習的にまとめてみました。こう書いてみると分かるでしょ。決して難しいことではないのですよ。「やればできる!!」のです。しかし、それができない人が多すぎる。Heaven’s Kitchenの読者の皆さんはできますよね(笑)

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夕闇迫る街は黄色。街で働く人々は皆笑顔。そうこなくっちゃね(^^♪
キッザニアにて