反応という触媒

反応しない」という行動は一種のメッセージになってしまう。そうでなくても表情を読み取れないリモートワーク。Zoomなどですら、今ひとつ。ましてTeamsやSlackなど社内SNSツールでは、何も書かなければ何も伝わらない。

「伝わらない」んじゃなく、「共感しない」「面白くない」「同意しない」「そんなのどうでもいいよ」・・・などの否定的なメッセージと捉えられる。そうでなくても孤独なリモートワークでは強いインパクになりえる。

リモートワークにおいても、いえ、だからこそ、共感し、シンクロし、心が通じ、チームの助け合いが起こり、ポジティブな壁打ちができ、誰も置いていかない、問題はコミュニケーションによって解決でき、化学反応を楽しみ、全員がオーナーシップを感じる、そんな「」を作り出さなければならない。

だからこそ「反応」は必要不可欠なんだ。「心理的安全性」とは「反応を楽しむこと」に他ならないのだと思う。フランクで前向きなつながりを楽しもう。

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遊歩道も静まり返る。2年続けて静かなGWになってしまう。過ごし方を考えましょう。

映画館も1年数か月行っていないな。食べることに楽しみを見出すと、太って困る。

さて、なにをしようか。

 

同罪だ~

松山英樹のマスターズ優勝。実に頼もしいと思う。録画をさっき観たところ。通しで見ると実に冷や冷やする。やっている本人も緊張しっぱなしだったと言っていた。そりゃそうだよね。トップでスタートして平常心でいられる人はいないと思う。

今、アメリカでは「最近日本人がすごいぜ!!」ともちきりらしい。オオサカ、オオタニ、そしてマツヤマ。「今が最高だ!!」え?? あとは落ちるだけと言いたいんかい? ふざけんな!

 

さて、真面目な話。

私の存在意義とは何なのか。責任とは何なのか。私は何をすべき人なのか。

そんなことに向き合っている人の言動とそうでない人のそれは大違いだ。

以前からそうだったが、コロナ禍の最近、特にそう感じる。意思を具体的に明確にしない言い回しに落胆するケースが実に多い。呆れかえると言った方が的確かもしれない。

例えば、「しっかり・・・やります(やらせます)」的意味のない宣言。そう言った人のが「しっかり」やっていることを見たことがない。あなたの「しっかり」って何ですか? 

「良く分析をして対応する」なんだその分析とは。そもそも事実は目の前にあるではないか。何をどう分析すれば何が分かるというのか。その場しのぎ丸出し。そう、何も考えていなかったと言っているのと同じではないか。

「正式に決まっていないのでコメントできない(検討していない)」何を待っているのだ。もしそうなったら(仮説を立てる、または仮説を提起される)どうするのかを考え、それに備えるのが仕事ではないのか。機関決定しないと何も動かないのか。だから後手後手になるのではないか。

つくづく思う。メディアの突っ込みがどうでもよいことにフォーカスし、即ちゴシップ寄りのストーリーを欲しがっていることが見え見えで、本当に国民のためになる本質に切り込むことがほとんどないのだ。

「『しっかりやる』とは具体的に何をやるのですか?」と聞いていくれ。

「『良く分析をして対応する』前に今わかっていることは何ですか? それで対応できることは何ですか、なぜ今すぐやらないのですか?」くらい突っ込んでくれ。

「『決まっていないので検討してない』だから、後手後手になるのでしょ。なぜそういう仮説が提示された時点で検討しないのですか? ホラーストーリーに備えるのがリスクマネジメントでしょ。本当のことを話してください」と国民の前で、本質から逃げていることを晒してくれ。

 

政治家の国民を舐めた姿勢(私は国民を愚弄していると思う。今だけしのげれば何とかなるとね)と、メディアのレベル低下同罪だ。

とは思いませんか? 

僕がストレスを溜めているから刺々しいのかしら・・・

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大好きなモッコウバラが満開になってきた。ウォーキングすると、

街にはモッコウバラハナミズキがたくさん植えられていることに気付く。

もうすぐ、さつきやつつじが満開になる。

ところでその違いを知っていますか? 私は見分けがつきませんw

 

人生100年時代は、みんなが就活生

私には自分を律する言葉がある。皆さんもきっとお持ちでしょう。僕は、自分を鼓舞するマジックワードなんて言ったりもする。コーチングしているとよくこんな話になったりする。人間は本質的に怠惰で、困難を前にすると楽な方に逃げる。それは誰しも同じ。しかし、どんなに厳しくても、嫌でも、面白くなくても、やらなければならない時はある。お茶を濁さず方向を修正しなければならない時はある。そんな時には、手鏡に映った自分に対して語り掛けるのだ。自分の琴線に触れる言葉で。

いくつか紹介したい。ちょっと恥ずかしいが・・・

・「そもそも・・・」例えば、「そもそも何のためにやっているんだっけ?」というように、原点に戻るべき時に、それを思い出すために自分に語り掛ける。

・「今、俺は最善を尽くしているのか?」手を抜いている自分、逃げている自分に気付くために語り掛ける。これが私にとっては一番グサッとくるかな。

・「永遠のルーキーでありたい」常に新しいことにチャレンジする姿勢を示す。シニアになり傲慢になり地位にしがみつくことを予防するために、語り掛ける。常にこうありたいといつも思う。

そんな私ですが、先日HUFFPOSTを読んでいたら、こんな表現がありすごく共感した。この言葉も自分を鼓舞する言葉リストに入れたい。

・「人生100年時代は、みんなが就活生

そうだよね。そんなつもりで生きなければいけませんね。「LIFE DESIGN スタンフォード式最高の人生設計」やリンダ・グラットンの「ライフシフト」を読んだ方は共感するでしょう。人生はプロセスであって、道に迷うことはよくあること。行き詰ったっていつでも新しいキャリアは築ける。アイデアはいくらでもあるんだ。学習、就業、引退という約20年、40年、20年の区分なんて過去のもの。今の若者はほぼ100歳まで生きる。その間何度も変われる。だから変われる能力を磨こう。という感じの時代にあっては、みんながずっと就活生なんだね。そんな気持ちで、人生を歩んでいこう。ね。

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桜が終われば新緑だ。これから梅雨入りまでが最高のシーズンですね。

コロナ禍でも楽しめることはある。

 

「持続的企業価値を創造する人的資本経営」と伊藤先生

3/26夜「持続的企業価値を創造する人的資本経営」というオンラインセミナーを

聴講していました。これは経産省が主導して、一橋大学伊藤邦夫先生を座長として

まとめられた通称「人材版伊藤レポート」をトリガーとしたセミナーです。素晴らしい

プログラムでした。

その中で紹介された、下記のレポートは必ずお読みになったほうがいいと思います。HRに関わる方のみならず、ビジネスリーダー全員に向き合ってもらいたい内容です。

20200930_1.pdf (meti.go.jp)

20200930_3.pdf (meti.go.jp)

 

以前から書いているように、HRは経営戦略以外の何物でもありません。変化の激しい時代をうまく泳いでいくためには、企業自らが変わり続けるしかなく、それを支えられるのは変革人材だけです。リーダーがHRを戦略としてとらえ、採用、育成、リテンションをおざなりで終わらせないよう、組織全体で取り扱っていかなければなりません。そのためにはこのレポートのような価値観を腹落ちさせておくことが最低限のベースラインです。

 

セミナーでは多方面の方から貴重な指摘も出ています。少しだけ抜粋。参考になりますよ。

オックスフォード大学客員教授 ロバート・エクルス 氏や、コネクレーンズ社外取締役 (シーメンス 前 CHRO) ヤニナ・クーゲル 氏からは、                            

・企業の投資は無形資産にされるべきで、そのほとんどを人的資産の投資にすべき。

取締役会の重大テーマの一つが人的投資。

・取締役会でパーパスステートメントを策定すべし。

CHROと投資家の対話が必要不可欠。投資家は人事戦略の実効性を確認したいのだ。

経営企画部と人事部の密なコミュニケーションがなければだめ。

事業戦略は人材戦略と共に策定されなけれ実現できるわけはない。必要なスキルは何で、それを持つ人材が社内にいるのか、獲得できるのかがすべてYes でなければ戦略はないのと同じ

・タレントマネジメントを緻密に行い、成し遂げたいこととのGapを明確にしなければ   ならない。

 

株式会社三菱ケミカルホールディングス 取締役会長 小林 喜光 氏からは、

・CEOを外からリクルートする(ベルギーから)など、大胆な人事戦略を推進する。

その戦略策定は若手に委ねた。これまでの人事部ではできない。頭の中は管理するこ  とだけ。

リスクテイクしなければ新しいことはできないのに、それでは無理。既にCXOの多くは外部登用。

・事業ポートフォリオを大胆に変えてきた。必要な人材もどんどん変わる

 

株式会社丸井グループ 代表取締役社長代表執行役員CEO 青井 浩 氏からは、

・丸井は創業者の孫が現在のCEO。変わって10数年。昔の丸井とはまるで変った。部長会議は暗いスーツのオッサンだけだった。居眠りをしている奴もいる。これではだめだと、全社員の中で参加したい人は誰でも参加できるようにした。若手、女性もたくさん参加し、会議は活性化し、様変わり。企業文化はそう簡単には変わらない。10年かかる。

・人的投資をどんどん増やし、IT人材は全員内部登用。9割が文系。アジャイルにどんどんDX。若手の好きなようにやらせてきた。現在史上最高の一株当たりの利益になった。人的投資は企業文化改革だ。

 

花王株式会社 取締役会長 澤田 道隆 氏からは、

・人を育てるのではない。人が育つのを支援する。可能性を見出し、気付き、気付かせ

持てる力を発揮させる。人的資本と考える。管理ではない、潜在力支援。人材ではなく人財。

・経営戦略を考えるときは、グランドデザインの時に人材戦略を入れること。

中期経営戦略は若手中心。思い切った人材登用、若手、女性、社外。

今までのやり方を全否定しないと変革は起きない。延長線上でなく抜本的に考え直すことが必須。既に引かれた路線を少しずつ手当てしていくのでは無理。

・昔は経営会議で一人が反対すると止めていた。今は、一人がやりたいと言えばやらせる。

 

花王澤田会長(2021.1.1社長から会長に)は、実は今から16年前、一橋シニアエクゼクティブプログラムという学びの場で私と同クラスでした。研究者で知的だ温和な方だったという印象。腹には強い信念を持つ変革者なのですね。

ちなみに座長の伊藤先生は私が45歳くらいの時に社内選抜研修の先生でした。懐かしい。私よりだいぶ先輩のはずですが髪を染めているせいか、すごく若く見えるw

 

企業を変革させるのは並大抵の努力では成し遂げられない。経営陣の強い危機感と本質を見つめる力、リーダーの変革マインド、そして何より職場の心理的安全性が必要不可欠だと思います。

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私が好きな「モッコウバラ」も咲き始めた。もうすぐ無数の花が咲くのだろう。その姿は若い人たちが競うように光っているようだ。

 

デジタル市場とビジネスモデルジェネレーション

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桜は日本人の心の象徴。しかし、その美しさも永遠ではない。近くの桜並木は多くの古木が根元から切られてしまった。新陳代謝は常に付きまとう。

優勢種でもあっという間に死滅してしまう変化の激しい時代。気付いた時にはディスラプターが隣に座っていたりする。時代は変わった。今までの価値観、プロセス、手法、やり方の多くは通用しない。その典型がデジタル化。

デジタル化の進展により、産業構造や市場はダイナミックに変わる。イノベーションはX-Tech抜きには論じられない。テック企業ではもちろんのこと、テック企業以外でも、自分では無関係だと思っている人も含めて、テック抜きにして将来の事業成長は描けないと言っても、過言ではないでしょう。

以下の3つは読んでおくと良いですよ。感覚を磨いてください。

デジタル市場とは?経産省資料からひも解く、CPS社会への道筋 連載:第4次産業革命のビジネス実務論|ビジネス+IT (sbbit.jp)

「デジタル市場に関するディスカッションペーパー」

20200108002-1.pdf (meti.go.jp)

「DXレポート2」

デジタルトランスフォーメーションの加速に向けた研究会の中間報告書『DXレポート2(中間取りまとめ)』を取りまとめました (METI/経済産業省)

 

そして、デザインシンキング。ビジネスリーダーは以下の本を参考にしてほしい。

ビジネスモデル・ジェネレーション ビジネスモデル設計書 | アレックス・オスターワルダー, イヴ・ピニュール, 小山 龍介 |本 | 通販 | Amazon

バリュー・プロポジション・デザイン 顧客が欲しがる製品やサービスを創る | アレックス・オスターワルダー, イヴ・ピニュール, グレッグ・バーナーダ, アラン・スミス, 関 美和 |本 | 通販 | Amazon

疎外とチームとモチベーション

誰しもこんな経験をしたことがあるのではなかろうか。特にこのコロナ禍において、多くなっているのでしょうね。

社会から疎外されていると感じるとやる気を失う。どうせだれも私のことなど気にしない。あらゆる意欲を失ったりするだろう。一方で、誰も私に興味を持っていないと思うと、規則を無視したり、飲食や喫煙など自己破滅的な行動に走るかもしれない。「自棄(やけ)になる」感覚。

モチベーションが湧かない時に、飲食や一時の娯楽に溺れてしまう人も多い。しかし、このように自分を甘やかしてしまったり、一時的な快楽に逃げると、状況はさらに悪化すると言われている。そんな反動を僕も経験したことがある。かえって落ち込んだのです。

そんな時に、人の心がつながっていることがいかに重要なことなのかがよく分かる。仕事においては、チームの存在が最も大切なのですね。チームのことを気にかけ、皆のために我慢したり応援したり、一人一人のプライベートに興味を持ち、価値観を披露し合い、将来を語り合い、週末に何があったかを話す。今日の進捗を喜び、一人一人の明日に期待する。

そういうチームを作りましょう。誰が作ってくれるわけでもありません。一人一人のちょっとしたインクルーシブな気持ちと行動があれば、きっとできる。まずは行動です。決して待ってはいけません。

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空の青さと光の暖かさが共存する季節

 

3.11に思う

3.11 東日本大震災から10年がたつ。都会の高層ビルのオフィスにいた僕は、前日に痛めたギックリ腰のせいで階段が下りられなく、止まったエレベーターのせいで、乾パンを食べておとなしく夜を明かした。それからの毎日のことはよく覚えている。

福島原発事故に関していろいろ語られてきたけれど、先日の報道によれば、最近になって判明した事実も多く、あの水素爆発やメルトダウンは避けられたかもしれない。原発のような人命にかかわる重要インフラでるにも係わらず、長期間使用継続する設備の構造やリスクに関して正しく理解している人の知識や体制や精神や文化や訓練が、サステナブルに維持強化されていなかった状況だったと理解した。

2/28 福島第一原発3号機の使用済み核燃料566本を取り出し完了したと報道された。もちろん私たちにとってそれは一筋の光であることは間違いない。しかし、それも予定より4年4か月遅れ。更に、メルトダウンした核燃料の処分は未だ全く目途すら立っていない。とてつもなく長い道のりを進まなければならない。

最近分かったことのひとつは、非常用復水器の訓練をしていなかったということ。北米では毎年それを非常時に備えて動かす訓練をしている。しかし日本ではしていなかった。それが冷却ができているのか否かの判断ミスにつながった可能性がある。

なぜ非常事態を想定しやるべき訓練をしなかったのであろうか。そんな非常事態が起こるわけがないという決めつけ。津波の高さもそう。研究者の予想は既存の防波堤をゆうに超える高さの津波が起こりえるというものだったが、防波堤は強化されることはなかった。

日本人が苦手なこと。それは最悪の事態を想定して対策・訓練をすること。ホラーストーリーは語られない。見たくないものは見ない。

今までも何度も語られてきた「無謬性(むびゅうせい)の原則」。「ある政策・計画を成功させる責任を負った当事者・その組織は、その政策が失敗した時のことを考えたり議論したりしてはならない」即ち、絶対安全なものを作ると決めたのだから、万が一のことを前提とした議論をしてはならない。安全なんだからその必要はない。そんな議論をしたら安全ではないということを認めたことになる。という考え方なわけだ。ホラーストーリーが語られるわけがないのだ。企業においても同じ。シナリオプランニングがほとんど意味をなさないのも、都合の悪い事実に正直に向き合わない一種の官僚主義に染まっているのだ。日本人の最も悪いところ。かなり致命的にどうしようもない。

 

気が付きませんか? COVID19もそうでしょう。最悪の事態を想定した手を全く打てていない。すべて後手後手。政府も自治体も医師会も皆そう。ワクチンが効かない、感染力が強い変異種が拡がり、感染者が1日1万人になる可能性はあり得る。1千人を超えたあたりで感染病棟は満床、重症者は選別治療になり、入院待ちの人が家庭に溢れる。もちろんそんな準備は全くできていない。大丈夫だと言いたい人たち、経済優先を叫ぶ人たち、ホラーストーリーの議論を妨げてはなりません。官僚に期待はできない、医師会関係者にもできない、だったら誰に期待すればいいのだろうか。学者がもっと声を上げてほしいものです。西浦教授が去年かなりバッシングされたけれど、結局は彼の見立ては正しかった。あのような見たくない未来を共有すべき時ではないだろうか。

3.11を反省のトリガーにしなければならないと思うのですよ。

 

それができないのであれば、明らかに失政ですよね。

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ももの花は個性がある。主張を感じる。