女性性は個性

D&I

女性役員が3割いる会社の利益率が、そうでない企業より15%も多いという事実がある。株価が高いというデータもある。業績が良ければ株価も高くて当然だ。企業における「D&I」の価値は誰もが認めるようになった。一色に染まったムラ社会よりも絶対にイノベイティブだし、インクルーシブな文化は社員の心の安寧につながり、風通しも良い。そう、皆が分かっているはずだ、少なくとも建前は。一方で、管理職でも「D&I」って何ですか?という人もいる。これも残念な事実。更に、言葉は知っていても、価値観や行動や言動はそれとは程遠い人が多いのではないだろうか。最近では某区議会議員の偏見にまみれた言動が、世間をにぎわせた。本人は何で批判されているのか理解できていないようだった。それが現実。

 

女性性と男性性

この言葉は最近、私の友人が代表取締役を務める「ホフステード・インサイツ・ジャパン株式会社」のブログで知った。男性性/女性性をこう説明している。

男性性の特徴

  • 業績主義社会が理想で「強い者」「秀でた者」が支持される
  • 欠点の修正を求める社会
  • 働くために生きる。仕事は人生にとって重要な要素
  • 女の子は泣いてもいいが、男の子は泣いてはならない女性性の特徴
  • 女性性の特徴
    • 福祉社会が理想で、貧しい人、弱い人を助ける
    • 寛容な社会
    • 生きるために働く
    • 男の子も女の子も泣いてもいいが、喧嘩してはいけない
    • そして、なんと日本は世界の中で最も男性性の強い国とされているのだ。

 

マッチョである必要はない

女性管理職の一般的特徴は、臆することのないメッセージ性の高いリーダーシップが弱い。積極果敢に攻める姿勢が弱く見えることなどだろう。これは360度評価をすると明らかな特徴として現れるのではないだろうか。少なくとも私の経験ではそうだ。

しかし、その反面、暖かく部下の話をよく聞くとか、落ち込んでいる人に対して的確に手を差し伸べるセンスがあるというような、インクルーシブな特徴があろう。

強いリーダーシップを称賛する傾向の強い日本。いわゆる、「俺についてこい!」的なマッチョなイメージ。「男はこうあらねばならない」的昭和以前の価値観。その刷り込みが今でも堂々と存在する事実。正直、私にも全くないとは言えない。

目を背けない勇気、先送りしない決意、偏見やバイアスなく意見を公平に聞く懐、冷静な分析・判断、ビビッドな感性、尽きることのない向上心、良識的かつ清廉な価値観などがあれば、いわゆる男性性の低い人(女性だけでなく男性も)が管理職やリーダーや経営幹部に向かない、ということは全くない。残念ながら部下にもバイアスがある。女性管理職に対する一種の偏見が存在する場合もある。上司はこうあってほしいと。

しかし、もうそんな時代じゃない。特に女性の社会進出が著しく女性社員の比率も高くなった現代では、女性社員の多くは、男性性むき出しの上司を望まないだろう。そして、男性性が低くても、上記があれば必ず信頼関係は築けるはずだし、現に社会には大活躍している女性管理職・幹部はたくさんいる。その多くにマッチョなイメージは全くないではないか。中には男勝りな迫力のある方もいらっしゃいますがw それは稀有な例🙄。そう、個性です。

 

個性を大切に

男性性が極端とも言えるくらい高い日本は、ちょっと住みにくい。男はこうあるべきだとか、女はこうあるべきだという因習ともいえる価値観にがんじがらめだった時代は長い。昭和までの時代かな。それで苦しんだ人は男女を問わずたくさんいた。特にアバンギャルドな都会と違い、保守的な地方の方が色濃いだろうな。

男性は論理的で女性は感情的、男は度胸で女は愛嬌、、、なんていう類は今では性差より個人差の方が大きいと、分かっているはずでしょ。

今でも日本ではなんとなく、男はこうでなくちゃ、女はこうでなくちゃ的な刷り込みは存在する。子供にそう言ってしまう親も多い。だから、例えばリーダーシップ教育における強いメッセージ性などは、男性は素直に受け入れるが、女性の一部は「そんなの無理」と感じるだろう。リーダーはこうあらねばならない的なことは私も言いがちだ。部下自身もリーダーはこうあってほしいなんて言ったりもする。もちろん性差を意識した話ではなく、人の上に立つ人は男女を問わずこうあってほしいという意味。しかし、それは男性性の強い日本ならではの価値観だと理解する。

しかし、リーダー像なんていろいろあっていい。皆個性的であっていい。必要不可欠なのは、プロフェッショナリズム染み出る影響力だと思う。

女性経営幹部の方々と話すといつも感じる。皆さん非常に優秀。表現は上品だが切れ味が鋭い(ただし大きな太刀ではなくペティナイフという感じ)。俯瞰的に見ることができるし、そのためにファシリテーションがうまい。偏った見方をしない、実に公正公平。常に優しさが漂ってる。言い換えるとインクルーシブ。私は足元にも及ばない。私は尊敬の気持ちに溢れ、実に幸せを感じる。もちろん、そんな人は男性にもたくさんいらっしゃる。

 

Glass ceiling

30%クラブに入会する企業も増えた。私のクライアント企業も○○年には女性幹部を△△%にすると社長が決めた。「クオーター制」、いいではないか。男性性優先のバイアスが色濃い日本においては、そのガラスの天井を壊すためにはそれくらいの変革が必要不可欠だと思うのだ。

アメリカでは、副大統領になるカマラ・ハリスさんが、「ガラスの天井にひびを入れた」と称されていますね。彼女の母親(インド出身)がまた素晴らしい。「あなたが先駆者でもあなたが最後になってはならない」と娘の背中を押していたのだ。

ガラスは必ず崩れ落ちる。落ちた欠片が放つ光は正に「カラフル」だろう。「D&I」は複雑に光を反射し、混ざり、色を変え、何度も反射し、見たこともない色を創り出し、人々を、社会を豊かなものにしてくれるはずだ。

ジェンダーギャップ指数が121位の日本。すぐに改善するとは思えない。皆の価値観が変わるには時間がかかる。一人一人が変わる努力をしないとね。

 

PS. アメリカでは、CDIO(最高ダイバーシティインクルージョン担当責任者)を置く企業が多い。Appleもその一社であるが、先日そのポストにIntelで同じポストにあったバーバラ・ワイ氏(53歳女性)を副社長として指名したと報道があった。

AppleのWeb“Inclusion & Diversity”によると、2018年時点でのAppleの従業員全体の33%が女性(30歳以下では38%)(男性比率が高いIT企業としては凄く高いと思う)で、米国での従業員全体の50%が非白人だそうだ。正にD&I。(同社ではI&Dだね)

PS. 11/27に日経新聞主催で「ジェンダーギャップ会議」が行われ、東京センチュリーの原真帆子専務がパネルに登場し、こう話していた。女性管理職研修で悩める彼女らに、俺についてこい的な縦の強いリーダーシップは必要ないんだよ、皆の意見をよく聞くような横のリーダーシップが大切なんだ、と話すと、それでいいんですねと彼女たちが安心すると。そう女性管理職も、リーダーはマッチョでなければならないというバイアスを持ってるんですね。それが当たり前だった歴史しかないのだから無理もありませんね。

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カラフルは、バランスであり安寧でもある。

 

 

Happiness

以前から毎年秋になるとフォーラムや展示会が多数行われる。コロナ禍での今年は、オンライン開催のハードルが下がったこともあり、やたらたくさん開催されている。私も可能な限り聴講している。私のコーチングスケジュールは前月の上旬にはほぼ決まっているので、気が付いた時にはバッティングしているケースも多い。そのようなときには、アーカイブを用意してくれているサイトが有り難い。実は、いろいろなクライアントと話すが、ほとんどの方が、このようなオンラインフォーラムを聴講していない。勿体ないですよ。上質なインプットなしに成長はありませんよ。それに、多くは無料です。

 

■幸せな集団

日立の矢野さんはHappinessの研究で有名だ。読者の多くもご存じだと思う。その長期にわたる研究で、幸せな集団は、生産的で創造的で心身を健康にし、事故や離職が少ないことを証明している。そして、そのような職場の特長をこのように定義している。先日のフォーラムでこんな風に話していらっしゃった。僕の理解は、以下の通り。

①職位に関係のないフラットなコミュニケーション

②組織図に関係のない人間関係

③予定表にない5~10分のライトな会話

そのような職場には「信頼できる関係」が存在していると。

ところが、これらはコロナ禍で実現が難しくなっていることばかりなのです。

 

■振り返れば

振り返れば、皆さんの職場には昔から次のような幹部がいたのではないでしょうか。

そもそも、偉そうな上司は、ことごとくこのような行動を嫌う。こういう人を「裸の王様」という。突然「今いいですか?」なんてアクセスしてくる部下、ましてや他部署の人に対して、嫌な顔をしたり、「突然来るな!秘書を通せ」とか、「時間がない」とそっけなく冷たさがあからさまだったり、そういう幹部の秘書に限って、自分の判断で鉄壁なデフェンスをしたりする。秘書には悪気がない。そんな上司の意向を忖度しているだけだ。可哀想に。

あなたがそんな上司であれば、心から反省すべき時です。そんな態度では部下の幸せは実現できませんぞ。以前のブログの様に自分はそんなことはないと思っている人の大半は、すでに「裸の王様」の可能性がありますよ。部下から指摘してあげましょう。上司のためを思ってw。

 

■コロナ禍の工夫

さて、

コロナ禍で、このようなフラットでライトな会話を日常の中にビルトインできるのだろうか。色々な職場で取り組みが進んでいますね。参考にしてください。

☆オンラインで朝礼や終礼の習慣を作る。

☆オンラインでランチ会や3時のお茶会や飲み会を行う。

☆上司が、毎日決まった時間にZoomをオープンしておき、誰でもアポ無しにアクセスできるように知らしめておく。

1on1のみならず、ワークショップなどを積極的に開催する。

☆それも階層を飛び越えて(スキップして。中間階層を抜きにして)行うパターンもあり。(スキップ(レベル)・ミーティングなどと言います)

☆もちろんすべて顔出しで行うのが大切。表情のない会話はツーカーの関係ですら、真意が読みづらいのですからね。

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こんな書斎が欲しいw

 

傲慢の先 闇の先

他人のことはよく気付くのに、自分のことは気付かない。これは人間の本性ではあるまいか。相手のミスはよく気付くのに、自分のミスは気付かない。相手の傲慢さには腹が立つけれど、自分もそうだとは全く思っていない。相手の偏見には苦虫を噛み潰すが、自分も偏見だとは思ってもいない。失敗したのは部下のせい、成功した時は自分のお陰というのに少し似てる。悪いのは相手で私じゃない。このように偏った見方をする人は実に多い。

その逆に、すべて自分のせいだと思い悩む人もいる。真面目過ぎると言えばそれまで。しかし、本人はいたって真剣。真剣を通り越して、悩む様子は深刻だ。私はいつもこう思う。「真剣にはやるさ。でも決して深刻になる必要はない。」と。

話を戻そう。常に相手のせいにしてしまう人に何を伝えればいいのだろうか。何を気付かせればいいのだろうか。私はよく「鏡を持って自分と向かい合ってほしい」と話す。でも、恐らくそう言っても分かってくれないだろう。逃げている人は、永遠に事実に向かい合えないのだろうか。常に都合の良いフィルターを通して見ている。顧客の信頼を失い、部下から総スカンを食い、上司の叱責に背を向け、友人や家族から見放されても気付かないのだろうか。すべてを失ったときにはじめて気付くのだろうか。

自分は実にちっぽけな存在だ。どんなに経験を積もうが、齢を重ねようが、社会的地位を獲得しようが、所詮ちっぽけな存在だ。自分一人では何もできない。社会の一員であるという関係なしに存在できないのに。生きていくことすらままならないのに。あなたがいるから生きていける。仲間がいるから希望が持てる。共感できるから喜びがある。だから未来がある。

クライアントの悩みを聞き、私自身も闇の中を一緒に歩いた気分になった。

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秋は短い。晴れた日は思い切り楽しみたい。

 

「ウーブンシティ」と章男社長の葛藤

トヨタの「ウーブンシティ」をご存じだろうか。

豊田章男社長は今年の7月に、NTTとの資本提携を発表した。「ウーブンシティ」を実現するためにはビッグデータの活用は避けて通れない。そのためには情報通信企業のノウハウが必要不可欠だと思ったのだろう。

更に彼は止まることなしに、7月に自動運転ソフトの開発を担う子会社TRI-ADを、持ち株会社「ウーブン・プラネット・ホールディングス」と自動運転技術を開発する「ウーブン・コア」、ウーブン・シティなどの新しい価値創造を担う「ウーブン・アルファ」の2つの事業会社に移行させた。

そう聞いても、「そうなのね!」で終わってしまう。ここで注目せざるを得ないのは、持ち株会社「ウーブン・プラネット・ホールディングス」に彼は私財を投入していることだ。金額は分からないものの、彼はトヨタという企業の取締役会が承認した投資ではなく、私財を投資したということなのだ。

恐らく彼は深く葛藤したのだと思う。トヨタには37万人の社員がいる。それが章男社長のスマートシティー構想に賛同する景色を想像できますか? 2020.1にラスベガスで行われたCESで彼は「ウーブンシティ」のコンセプトを発表した。静岡県裾野市にある工場跡地にスマートシティーを作る構想だ。2000人がそこに暮らし、そこで発生する情報を活用し新しい街づくりをするのだ。

その発表に対して、社員は反応をせず全くの無関心だっという。自動車の将来はどうなるのか? モビリティーの未来はどうなるのか? 章男社長は壮絶な危機感を感じているのだろう。世界のリーディングカンパニーのトップの責任、創業家の血を引く責任、影響、社会の成熟に対して果たすべき役割、生活、移動、環境、幸せ・・・。成し遂げたいことは何なのか?

彼の葛藤を知る術はない。僕たちの目の前にある事実は、彼は私財を投じて闘いを挑んでいるということだ。社員の賛同を得られない事業にトヨタとして投資することに、限界を感じていたのかもしれない。トヨタの生存領域にスマートシティーはなかっただろう。車を作りたかった社員にスマートシティーを創るリスクを飲み込めとは言えなかったのかもしれない

トヨタのCMをご覧になると、宇宙、コロナ対策防護服、「ウーブンシティ」が全部つながっていると言っていることに気付くでしょう。でも何が言いたいかわからないですよね。恐らく社員の多くは、章男社長は何を血迷っているのかと腹の中では感じていることでしょう。

「ウーブンシティ」構想には多くの企業が協調し、モビリティーだけでなく、住宅、エネルギー、食糧、教育・・・など、多面的に新しい取り組みがされるのであろう。

私財を投じて社会変革の実験を行うチャレンジャーは、日本の化学反応の触媒になれるのだろうか。社員や株主・投資家やサプライチェーンを担うパートナーの共感を得られるのだろうか

もちろん、彼の描くスマートシティーはモビリティーと深くかかわるだろう。日本におけるスマートシティー事業は主人公が未だに現れない。少子高齢化の日本においては、都市経営、特に地方のそれは、街を生活を維持できるかどうかを決める最重要テーマだろう。極々近い将来、上下水道、電気、道路や橋などのインフラさえ維持できない限界集落が多発するでしょう。それは、「ぽつんと一軒家」のような寒村だけでなく、地方の街や都市にも広がっていくでしょう。それが分かっていながら、スマートシティーに投資をする人がいない。国も自治体も民間企業も少額投資で、まるで様子見だ。誰も政治マターだと思っていない。これからの日本を考えれば、国策以外の何物でもないのに。

その中の「ウーブンシティ」。これからどうなっていくのだろう。直感的には、このプロジェクトは、その流れに一石を投じるものにならないと感じる。誰かが注目してメディアに火をつけないと。目を離せない。

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小布施で買った「北信流」。ひやおろしのシーズンももう終わり。

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我が家の近所ではすでにサンタさんが現れた。もうそんなシーズンなのか。ひやおろしが終わればクリスマスか~

 

アメリカの希望とぼくたち

これを書いている時点で、アメリカの大統領は決まっていない。いや、一か月経っても決まっていないかもしれない。もう、いちいち報道に耳を傾け、ほっとしたり、がっかりしたり悲観的になるのはやめようと思う。予想の報道に耳を傾けるのはやめよう。予想なんて占い師と同じ価値しかない。結果を待とう。

 

■当事者意識

ミレニアル世代やZ世代の人口比率がが日本に比べ圧倒的に多いアメリカ。多様性は益々広がり、近い将来には白い肌で青い目の人はマイノリティーになる、という人もいる。彼らは、今回の大統領候補が二人とも70歳台という現実に、悲観するのではなく、とりあえずトランプをホワイトハウスから追い出すことに意味を見出しているようだ。ごく近い将来アメリカの主人公は自分たちの世代になる。そう、日本の同世代と比べて、自分たちは関係ないという冷めた諦観、というより無責任感、第三者感かもしれない、がないのだ。

アメリカはどこに向かうのだろう?

日本人には理解できない今回の分断の先に何が待っているのだろうか?

若者たちの当事者意識が新しい時代の扉を開けるのではないか。

それは日本の人口構造や若者の政治離れや当事者意識の欠如に比べると、混沌の極致であるアメリカの方がよっぽと期待できるのではないか、と思わざるを得ない。

きっとこのカオスの先に、「進歩」と「成熟」が待っていることだろう。

 

■予防的やさしさ

今から10年以上前に「ほんとはこわい『やさしさ社会』」という本を読んだ。やさしさには二つある。予防的やさしさ治癒的やさしさ。前者は、人間は傷つくと立ち上がれない。だから傷つけないようにするのがやさしさである、という考え。後者は、人間はそもそも傷つくことは避けられない。傷ついた時に手を差し伸べるのがやさしさだ、という考え。私の記憶ではそんな話だった。日本人は前者。だからディベートも下手。もし本気でやったら、友人関係が壊れる。傷ついたらリカバリーが効かないと思っている。だから、自分の意見を言えない。本気で議論できない。怒れない。

だから、欧米人に議論で勝てない。欧米人が小学校からディベートをしているのとは、大違い。世界で主張できない日本人がいる。日本が世界の中心に入れない理由。

私は昔こんなことを話していた。今でも考えは同じ。イメージしてください。転んで怪我をした。どうってことないと、なめていたら膿んできた。家にある「オロナイン軟膏」を塗って放っておいた。毎日塗り続けた。そのうち膿は広がり痛みも治まるどころかひどくなった。それでも、軟膏をやさしく塗り続け治癒を待った。何か月経っても治らないばかりか、ひどくなる一方だった。

有りがちな話だ。ビジネスでも。私はこう話した。なぜ、膿んでいる個所に指を突っ込んで膿を出さないのかと。放っておいても、やさしく撫ぜていても、軟膏を塗り続けても、治らないものは治らない。であるなら、痛いのを覚悟して指を突っ込んで膿を出すべきだと。

予防的やさしさで、解決できないことは多い。目をそらさず向き合って、根本的、本質的な解決策を実行しよう。それができない人が多い。先送りして傷口が広がる事例は腐るほどあったではないか。目をつぶって指を突っ込もう。

それがやさしさだと気付いてほしい

 

■主人公

あなたが主人公です。決して逃げないでください

これからの世界。制約だらけです。世界のために我慢しなければならないことだらけです。

それでも、豊かな人生は送れます。逃げないで向き合ってください。

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そびえる山にひるんではならない

 

真っ新な朝

組織に属するいわゆるサラリーマンにはいろいろなことが起きる。例えば、中途採用された人が登用され、新採以降ずっと同じ会社で働き続けた、いわゆる生え抜きである自分が冷や飯を食った話。英語ができないと昇格できないと言われたものの、仕事では全く使う機会がないので、その必要性を理解できず努力する意欲がわかないまま、後輩にどんどん抜かれていく話。長い経験から学んだビジネスの基本や成功パターンを、若手に積極的に伝授してきたつもりだが、どうも煙たがられているらしいと気付いた話。新しいビジネスへの挑戦の機会は、若手ばかりに回ってくる。彼らが次々に失敗するのに、経験も実力もあるのにチャンスが巡ってこないと愚痴る話。枚挙に暇がない。

 

僕たちは真っ新になれるだろうか? 一からスタートする覚悟がありますか? 肩書のない人生を想像できますか? 360度評価を直視できますか? 俺は貧乏くじを引いていると愚痴っていませんか? 滅私奉公してきた自分の人生をはもっと評価されるべきだと、思っていませんか?

 

あなたの前に姿見(鏡)があります。そこに写る自分を客観的に評価してみましょう。あなたにはどう写っていますか? あなた以外の第三者はどのようにあなたを見ているか、想像してみましょう。あなたは、自分の価値をどのように第三者に説明しますか? 試しに転職マーケットに身を投じてみてください。あなたの価値を朗々と説明してみてください。相手はあなたを高給で迎え入れると想像できますか? あなたがもし成功するとすれば、その陰に採用されなかった人がたくさんいるはずです。その人たちに比し自分の能力や可能性は、どう秀でていると想像できますか? その能力が明確に存在し、それにempathy(共感)する人たちがいることを客観的に説明できますか?

 

本当の実力を相手に伝えることはとても難しい。若いとか、エネルギーに満ち溢れているとか、最新のテクノロジーに詳しいとか、そんなことに比し劣等感に苛まれているシニア。

 

あなたの経験や能力やモチベーションを必要としている人に、どうやって巡り合えるのだろうか。将来の可能性に投資をするなら、若い人に投資をしたいと企業は考える。だから、メンバーシップ型雇用の文化が日本には定着している。課題は多いもののジョブ型雇用の要素が浸透してくれば、企業の採用要件は具体的になる。〇〇ができることというように。そう、僕たちの価値は具体的に△△ができること、というように定義できないと門は開かれない。もちろん、それは実績によって証明できなければならない。そして、その実績は、こんなに努力してきたとか、社命でこんなに苦労してきたというようなことでは全くないはずだ。

 

それが自分の価値。価値をお金に変換するのが雇用でしょう。自分の価値を客観的に俯瞰するよい手段が、職務経歴書を書いてみることだ。何が強みなのか、それが客観的なのか、即ち第三者が評価できるエビデンスなどがあるのかなどを考えながら書くことだ。マネジメントができる、などでは評価されないことは当然。自分にどれだけ自信があろうが、鏡に映る自分はバイアスまみれな虚像かもしれない。オファーされた金額の少なさに愕然として、初めて市場価格を知るなどというケースは多い。

 

シニアになるほどに、バイアスまみれになるのが人間の本性かもしれない。しかし、それに抗ってこそゼロクリアだ。一からスタートし直す勇気が、新しい協調を培う。新しい切磋琢磨を呼び込む。実績という土台の上に、新人の様に新たに学んだ工法で使ったことがない材料を使って、フレッシュなデザインで、新たにアバンギャルドな建物を建てる。そんなチャレンジが潔い。その姿に多くの人は共感するだろう。そして経験は新たな価値をまとい、多くの人がそれを必要とするだろう。

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太陽は何度沈もうが、必ずエネルギッシュで新鮮な朝が来る

 

BTSとBMCと

前に書いた通り、僕は仕事中は(オンラインミーティングを除く自宅デスク)もっぱらAmazonMusicHDを聴いている。その日の気分でミュージシャンやプレイリストを選ぶ。ポップスを聴いていると、この2か月くらいよく流れるのが「Dynamite」。アメリカで流行るために必要な要素を見事に織り込んだ曲。メロディーもハーモニーもファルセット満載な高音域も、方程式を解くように作りこまれた、ヒットが必然の出来だ。実はそのグループ名(BTS)を知ったのはつい数週間前。更にそれが韓国のグループと知ったのも、あの徴兵逃れ云々の報道を聞いた時だった。現在23~27歳の彼ら。実はデビューは2013年。結構ベテラン! びっくり。なぜ日本から世界で羽ばたくポップスが出ないのだろう。これからますます日本のマーケットは小さくなる。コミック以外にもCool JAPANが欲しいね。日本という国にもっとシンパシーを感じてもらうためにも。

 

さて、今日は最近気づいたこと。先日知人からのメールを読んだことがトリガーになり、あるブログを読んでインスパイアされた。それは、インクリメンタル(incremental)イテレーティブ(iterative)の意味です。

そもそも意味は前者が「次第に増加すること(漸増的)」「増加部分を積み上げていく方式」、後者は「反復的」「繰り返す」という意味です。これではよくわかりませんよね。実はこれはソフト開発をする時などにも使うようです。

このサイトを見ればイメージがわきます。

rihoublog.com

ソフト開発をする際も、特にアジャイル開発を進めるときはどう作るかに注目した方がいいですね。インクリメンタルに作ると、全体をリリースするまで使えません。(ただし、サブシステムごとにサービスが独立していればその限りではありませんが。)部分的に完成させるように作ると、全体ができるまでに後戻り工数が増えますよね。全体の整合を考えずに作っていますからね。それに対して、イテレーティブに開発すると、基本的な機能だけで全体を開発・リリースし、その後機能強化を続けるという感じですから、リーンスタートアップ的な新規事業開発に向いた考え方になりますね。極簡便な機能を無料あるいは安価にリリースし、顧客を掴んでから順次機能を強化していく。クラウドサービスの多くはそうして成長してきた。もし顧客が付かなかったら撤退すればいいのですしね。

開発以外でも僕たちビジネスマンの日常において、二つのアプローチを的確に使い分けることが大切なシーンがあります。それは、資料作成です。提案書やプレゼン資料がその典型です。どうです皆さんは? 思いついた部分だけ完成させる、例えばパワポなら思いつくまま1ページずつ脈絡なく完成させていく人もいますよね。まるで、いろんな部品がばらばらに完成していく感じです。それを組み合わせても文脈が成り立たない、なんていう経験をしたことのある人も多いのではないでしょうか。それが、インクリメンタルに資料を作った場合ですね。

そうです。全体として何を主張したいのか等のストーリーが、よく分からないと指摘されるケースですね。読み手に刺さらないわけです。資料を作る場合のこつは、まず全体構成をイテレーティブに作ることです。アウトラインですね。起承転結のストーリーのようなイメージです。アウトラインを作ったら、その構成に従った部品(ページや見出し、章立て等)をインクリメンタルに作るのですね。そして、最後に全体のストーリーが腹落ちするか、各部品が機能しているのか等を、イテレーティブに見直すのです。

私もかつて部下やプロジェクトメンバーから報告や説明を星の数ほど(ウソw)受けてきましたが、インクリメンタルに作ったことが明らかなケースは、実はかなり多いですね。言いたいことだけをワンポイントだけ渾身の力を込めて作ってしまうので、そもそも何を伝えたいのか、聞き手はどの程度予備知識や背景を知っているのか等の配慮などが、すべて欠如しています。結局何が言いたいのかが分からなかったりする。

ビジネスの世界ではこのようにイテレーティブに考えるアプローチが必要です。手前味噌になるリスクも回避できますね。上空から鳥瞰する感じと言ってもいいかもしれません。

多くのビジネスパーソンは新規事業開発に悩み苦しんでいますね。そんな人たちに必要なフレームワークBMC(Business Model Canvasですね。皆さんもご存じだと思います。さて、気付きましたか? BMCもそうなのですよ。舐めてはいけません。どこか一部が尖っていることに自信を持っているだけで突っ走っても、ビジネスにはならないのです。イテレーティブに全体の整合と反復的な深堀なく、BMCは意味をなさないし、それに従ったビジネスは成立しないのですぞ。

 

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平和な我が街と秋晴れと