質より量という考え方が新しい常識

ビジネスを進める時に、多くの人は「質」を追求する。いわゆる「出来の良さ」だ。もちろん重要なポイントではある(それに関することは以前に書いた)。今日は、それが正しいのかどうかを別の切り口から考えてみたい。

 

「失敗の科学」(マシュー・サイド著)に興味深い話がいくつか出ているのでそれらを少し引用したい。まず完璧主義の人が陥る罠についてだ。話の流れはこうだ。二人のIT起業家がいた。二人のプログラミングに対する考え方は全く違っていた。一人は元マッキンゼーのコンサルで(ヴァニアーという)、開発にはじっくり時間をかけて完全な形で公開すべきだと考えていた。何百万人になるかもしれないユーザーをサポートするには、それが一番だと考えていたのだ。もう一方の人(スレーマーという)は、既に2度の起業経験があり、サービス開始時点で完璧なソフトを提供するのは不可能だと学んでいた。どれだけ時間をかけて準備しても、ユーザーが実際に使い出すと、思いもかけないバグや欠陥が見つかる。むしろ、敢えて早い段階でそういう状況に晒すことで、試行錯誤が繰り返されてプログラムを改良するヒントが得られると信じていた。彼はヴァニアーにこう言った。「なぜ一人もユーザーがいないうちにすべての質問に答えようとするんだ」と。

ヴァニアーは、青写真の段階で完璧を目指し、スレーマーはまずテストをして、ユーザーのフィードバックから学びながら開発を進めたかったのだ。自分の仮説を試練にかけたかったということだ。

結局スレーマーの意見が通り、彼らは業界でも1、2を争う成功を勝ち取った。彼らの考え方は「もし、ライバルが新たな機能をひとつ提供する間に自分たちは10個提供できれば、何がユーザーに受け入れられ、何が受け入れられないかを検証する10倍のチャンスが得られます」だった。

「完璧主義の罠に陥る要因はふたつの誤解にある。1つ目は、ベッドルームでひたすら考え抜けば最適解を得られるという誤解。この誤解にとらわれると、決して自分の仮説を実社会でテストしようとしなくなる。」「2つ目は、失敗への恐怖。人は自分の失敗を見つけると、隠したり初めからなかったことにしたりする(本書ではそのような事例がたくさん紹介されている)。しかし、完璧主義者はいろんな意味で更に極端だ。失敗をなくそうと頭の中で考え続け、気付けば『今欠陥を見つけてももう手遅れ』という状態になっている。これが『クローズド・ループ現象』である。失敗への恐怖から閉ざされた空間の中で行動を繰り返し、決して外に出て行こうとしない

 

この話は次の展開を迎える。それは「量」のマジックだ。

デイヴィッド・ベイルズとテッド・オーランドはある実験を行った。陶芸クラスで、生徒を2組に分けた。「一方は作品を『量』で評価し、もう一方は『質』で評価すると告げられた。量のグループは最終日に全作品を提出し、各自、総重量が50ポンドなら『A』、40ポンドなら『B』と評価される。質のグループは質のみによる評価なので、自分で最高だと思う作品をひとつ提出すればいい」

その結果はどうなっただろうか。皆さんも興味津々だと思う。「結果面白い事実が明らかになった。全作品中最も『質』の高い作品を出したのは『量』を求めたグループだったのだ」 これは実に的を射たポイントだと思う。この感覚がビジネスにも必要なのだ。

彼らはこう言う。「量のグループは、実際に作品を次から次へと作って試行錯誤を重ね、粘土の扱いもうまくなっていった。しかし質のグループは、最初から完璧な作品を作ろうとするあまり、頭で考えることに時間をかけ過ぎてしまった。結局あとに残ったのは、壮大な理論と粘土の塊だった」

「心理学者、バビノーとクランボルツは、完璧主義者の罠に陥りやすい人に、次のようなポリシーを持つことを勧めている」

「素晴らしいミュージシャンになるために、まずひどい曲をたくさん演奏しよう!」

「強いテニスプレーヤーになるために、まずたくさん試合に負けよう!」

「エネルギー効率のいい設計やミニマリズム建築で第一人者と言われる建築家になるために、まず非効率でやぼったい建物をデザインしよう!」と。

これが、現代の正しい考え方だと思う。

実は、このような早期に(上流で)試行錯誤を繰り返す手法は、今から10年くらい前に日本でももてはやされた(今でも王道中の王道)「リーン・スタートアップ」と言われるアプローチの考え方と通底する。知らない人は絶対に勉強してください。

 

実は、このような新しい考え方は、先進的なITの開発概念として主として北米西海岸の企業から広がった。例えば、「早期の失敗を奨励する『フェイルファスト』手法、ソフトウェア開発における反復学習的なスクラム手法など、リーン・スタートアップのようないわゆる『失敗型』のアプローチ」は皆そうだ。ポイントは試行錯誤、お金をかけずにアーリーアダプターにコンセプト資料やプロトタイプを見せて、フィードバックをもらうことを繰り返すことなどだ。スクラムも知らない人は勉強してくださいね。今のビジネスの基本です。日本でも先進的な企業はITに限らず多様なプロジェクトで使っています。

 

さて、長くなりますが、少し僕の考えを述べたいと思います。今から40年前くらいの日本の社会や企業を想像してください。横たわる(解決したい)問題は、非常にシンプルだったはずです。例えば、在庫管理を正確に行いたいとか、生産管理を・・・とか、今では当たり前の課題解決ですね。これらは、因果関係や正解が明確で、ロジカルで管理できるし、PDCAが効くものばかりだったはずです。だから、ぼぼ全てがシンプルなITで解決できた。しかし、現代の問題はどうでしょうか? もう既にそのようなシンプルな問題は解決済みです。今残っている問題は、解きにくく、因果関係が存在したかったり、紐解けなかったり、関係者がいっぱいい過ぎて実情が掴めないとか、どうアプローチしていいか分からない問題ばかりなのです。

そのような問題はどのように解決すればいいのでしょうか。

ともかく試してみるしかないのです。試行錯誤して失敗から学ぶしかないのです。失敗していいのです。しかし、大怪我しないように失敗するように心がける必要があるのです。だからリーン・スタートアップだしフェイルファスト(またはセイフフェイル)なのです。だから、PDCAではなくOODA(これも調べてくださいね)なのです。ロジカルシンキングではなくデザインシンキングなのです。

同時に、対応すべき人材の適正も変わってくるのです。正確にQCDを守る緻密な人材ではなく、構想力のあるプロアクティブで議論が好きな人材なのです。

これらは、不確実性に向き合うことが下手な日本人にとっては苦手なものばかりなのかもしれません。しかし、絶対にこれが正解なのです。苦手だからと言って放っておいてはいけません。立ち向かってください。そして、そう言う人材を一定割合採用するか育成するかしてください。

 

さて、もう一つ僕たちが日々努力すべきことがあります。それは先ほど出てきた「量」が勝負、という考え方です。私はクライアントによく話します。例えば、ある課題を解決するためのアプローチのアイデアを出してください、とすると、一生懸命何が最も効果的なのか等々深掘って考えるでしょう。そのアプローチを変えてほしいのです。アイデアを50個出しましょう、という具合にぶっ飛んだくらいの「量」で勝負してほしいのです。ところがこれがなかなかできない。創造力・想像力(クリエイティビティ)が足りないからです。これが致命的なのです。アイデアが出ないものは実現できないのです。ともかくたくさん出すという練習をしてほしいのです。これは訓練です。戦略を考える時、課題を解決したいとき・・・いかなる時もアイデアをたくさん出すのです。ホワイトボードに書きなぐるのです。出したら、どれを選択するかのフェーズに入れます。それは状況に応じて(これにも戦略家のセンスが必要ですが)選ぶのです。マグニチュード(効果の大きさ)で選ぶのか、すぐできることを選ぶのか、コストのかからないものを選ぶのかなどなど。いずれにしても、MECE(ミーシーと読みます。漏れなくダブりなくという意味)に出せたらあとは選んで実行すればいいのです。出せないから解決できないのです。

ちょっと想像してみてください。職場でブレストをよくやりますよね。皆さんぶっ飛んだ発想も含めて自由な発想をバンバン出していますか? こうなことを言ったらバカにされるのではないかと思ったり、同席する上司の好み忖度した答えしか言わない、いわゆる予定調和のミーティングになっていたりしませんか? そんなことをやっているからダメなんですよ。日本のミーティングは相当ポンコツです。それでは、新しい発想は生まれないし、競争には勝てません

 

リーダーはもっと学んで欲しいし、修行を積んで欲しいと思います。

もう一つおまけに話しますね。私はクライアントにこう勧めています。「コミュニケーションは『質』より『量』を求めてください」と。日本の職場はコミュニケーションが少なすぎます。出社であろうが、在宅であろうが、コミュニケーションを避けるようにしている人が多過ぎます。それではイノベーションは絶対に起きません。「コミュニケーションなきコラボレーションなし」「コラボレーションなきイノベーションなし」なのです。対話をするからアイデアが生まれる。対話をするから発想転換ができるのです。化学反応が起きるのです。絶対に閉じこもってはなりません。顔を見せあって表情を見せあって対話するのです。空気感を共有して対話するのです。絶対的な「量」を追求してください。もちろん、ウェルビーイングにも繋がることは間違いありません。

量には多くのメリットがある。
アーティストの多作もそうだし、花農家もそうかもしれない。
新しい品種や耐候性などイノベーションも起きるだろう。
この花はレンズによると「ガザニア アズテック」というらしい。私の好み。
@私の住むマンション