事業ラインの事業部長など幹部の人は常に業績の推移に目を光らせる。もちろん、期初にコミットした数字を達成することが、大きな責任だからだ。しかし、それだけではない。中長期的にどのように成長または、事業構造を変革していくかに向き合っている。後者を考える場合、どれだけの方がM&Aを一つの手段として手の内に握りしめて日々行動しているだろうか。
例えば、事業部長にはビジョンがある。事業をどの方向に進めるのかだ。ほとんどの方は、例えば、中期経営計画を策定しても、製品計画やコストダウン計画、組織改革計画などにその範囲をとどめている。そして、その手段は手の内にある経営資源+αを前提として検討する。即ち、よく言われる「オーガニックな成長」を目指していると言える。しかし、それで激しい競争環境、市場の変化の中で、生き残っていけるだろうか。変化の速度が遅く小さすぎて後手後手にならないのだろうか。それでは「視野狭窄」と言われてもしょうがあるまい。
事業部長は常に「ノンオーガニック」即ち、自然の流れに身を任せるのではなく、意図的かつ大胆で強制的な手段を手の内に隠し持っていなければならない。それがM&Aだ。
日本国内企業の内部留保が12年連続で膨らみ、歴史上最も多い600兆円を越えている状況にあることを理解しているだろうか。更に、日本の低金利は皆さんご存じの通り超がついている。そして昨今の株高により、株式交換などの手段も取りやすいのだ。即ちM&Aという手段のハードルは凄く低い状況にあることを理解すべきだ。
そもそも、M&Aという手段を取る意味はどのようなものなのだろうか。少し整理してみたい。
1. 事業成長の加速
・新しい事業ポートフォリオを獲得することができる。自分で種まきして育てていたら何年かかるか分からない。それを瞬時に獲得できる。
・既存事業を短時間で拡大することもできる。特に顧客層がズレているとかの場合に特にメリットが大きい。即ち顧客を買うわけだ。
2. 技術・知財の獲得
・自社に不足している技術などを瞬時に獲得できる。
3. 人材を獲得できる
・昨今の人材不足で、採用して育てるだけでは時間を要する。キャリア採用を進めようにもなかなか優れた人材を大量に獲得できない。M&Aはそれを解決する。
4. シナジーを出せる
・強みが違うとか、互いに不足している技術を持っている、技術力と販売力の強みが逆だなどのメリットが出せる。または、スタッフなどを統合することでコストダウンが進むなど。
5. 競争力向上
・シェア争いをしている企業を買収することにより、低価格争いをする相手を減らすことができ、結果的に競争力が上がると共に損益が向上する。
大雑把に考えるとこのようなところだと思う。
しかし、注意しなければならないことがある。それは、M&Aを検討する際に夢を見がちなことだ。例えば、こんなシナジーが出るはずだとか、これくらいコストが下がるはずだ、という見込みのほとんどははずれる。それは短時間の浅いデューデリジェンス(買収前の調査)では分からないことがほとんどなのにも拘らず、理想的な期待効果を見積もり過ぎる傾向があるからだ。夢を見るように。
また、M&Aが上手くいかないポイントの一つは、勝手な見方だ。どういうことかというと、買収するサイドは、何かを得る(例えば上記)ためにM&Aを行うのだけれど、それだけだと、買収される側は何かを奪われるという立場になる。それでは絶対に上手くいかない。モチベーションが下がり、被害者になり、優秀な人材は流出する。M&Aのポイントは奪うのではなく「提供する」なのだ。相手に何を与えられるかを考えないと相手は逃げるのだ。そもそもM&Aが成立しない。これは盲点です。
もう一つ忘れてはならないことがある。多くのM&Aは入札で行われる。即ち、競争相手が存在する。一般的にM&Aはそう簡単に成立しない。相手が息絶え絶えで、救いの手を求めているなどという場合を除き、良い条件を引き出そうと駆け引きが繰り広げられる。その競争は激しく、勝ち残ることは相当稀だと覚悟しなければならない。何度も経験しやっと成就する感じのものだと理解した方がいい。
私も現役の時は4度M&Aを行おうとした。残念ながら全敗だ。ほとんどのケースが相手がファンドで、入札価格などの条件面で負けている。ファンドは買って売ることを前提としているのに比し、私たちは買って統合して事業成長させる立場で、難易度が高くかつ長期間の視座に立っている。その違いは大きい。短期間で売り逃げればいいという立場ではない。
また、競争の中、価格がどんどん積み上がるケースもある。もちろんどの程度の買収金額であれば何年で回収できるというシミュレーションを行っているわけだが、それが実現できない価格に吊り上がるのだ。ある方に聞くと、企業の多くは目の前にニンジンがぶる下がるともう少しだと勘違いして、どんどんつり上がるニンジン目指してジャンプを続けてしまう。その挙句、回収できない金額でM&Aすることになり、ビジネスプランは実現できず、数年後には高額の減損処理を余儀なくされる。私は、ある案件で吊り上がった金額に付き合わない決断を下し、途中で下りた経験がある。その時は、CFOから褒められたものだ。上記のように高掴みして失敗したケースが多かったからだ。褒められようが、私は残念でならなかったけれどね。
少々視野をずらしてみる。上記1.で事業ポートフォリオを獲得することを書いたが、その点を少し補足したい。そもそも事業ポートフォリオをすべて品揃えする必要を訴える幹部の多くは失敗する。事業の数があたかも成功を約束すると勘違いしている。シナジーのない事業を多く抱えて、一つ一つの事業の浮沈(その理由は様々で、自社でコントロールできないものがほとんど)が同期せずに動的に起こり続けることを想像し、対処し続ける能力を持っているかを考えてほしい。事業ポートフォリオは数の勝負ではない。どのように設計すべきかはよく考えてほしいものだ。
事業を任されている幹部は、「ノンオーガニック」な成長を常に視野に入れておく必要がある。そのセンスは自分で磨くしかない。マーケットを見る、自社の経営プラン実現に必要なものは何なのかを自分の視座を上げて考え続ける、などの行動を取り続けることが必要不可欠だ。
新聞に載っているM&Aの記事は、氷山の一角でしかない。世の中では毎日のように繰り広げられているのだ。知らないのはあなただけですよ。