後継者選びはなぜ難しい? カリスマ経営者の論理

オーナー社長(創業社長)の後継者選びが難航するケースがありますね。皆さんも思いつくのが、日本電産の永守会長兼CEO、ファーストリテイリングの柳井会長兼社長ですね。それに対して、アマゾンのジェフ・ベゾス氏は凄くあっさり上手に世代交代した感じを受けますね。もちろん実態は分かりません。物言う株主として君臨している可能性もありますしね。

特に永守さんのケースは、外から何回もリクルートして、社長やCEOのバトンを渡しておきながら、マスコミの前で批判的なこと(かなり露骨に)を言ったり、また自分が返り咲いたりを繰り返しています。もちろん稀有な経営者であることは間違いないのですが、なぜ後継者選びにてこずるのでしょうか。

メディアに何度も取り上げられていますから、皆さんも読んだことはあるでしょう。最近も「日経ビジネス」に取り上げられていましたね。

過去も業績が悪化したことがあたかも原因だというような(すなわち任せられない)返り咲きがありましたが、それが本当の理由なのかどうかは怪しいと感じています。前CEOの関さんに対しては、「もっと学んで欲しかった」と表現していますね。業績が気に食わない原因を、僕のやり方日本電産やり方を理解していないから、と言っているようなものです。即ち、僕の考え、フレームワーク、対処方法を学んで、その通りやれ、と言っているのと同義です。自分が正しくて、だからここまで成長した。そのやり方のままやってくれ、とでも言うのでしょうか。もちろん、公にはそのような表現をしていません。しかし、文脈からは明らかにそう取れますね。常に自分は指示する人、CEOだろうが自分の指示通り動け、とでもいうのでしょうか。これでは、自分の後任は自分のフォロワーにやってもらいたいと言っていることと同じですね。

現に次の社長は現副社長の中から選ぶ、即ち社外からスカウトしないと言い出しています。だったら、ずっと前からその方針で内部昇格を前提として育成してくればよかったのにと、思います。何年足踏みを続けたのかと。自分の会社、もちろん創業者なのですから当然ですが、という意識が強すぎて誰にも任せられない。行きつくところが、フォロワーを社長にして、まるで院政を敷くような経営をするということなのでしょうか。

僕はとても寂しい。今まで歴史的に見てどれだけそのように移行に失敗して没落してきた将軍、帝王、国王・・・などがいたことか。なぜ歴史に学ばないのだろうか。もちろん、日本電産の業績は良く、EVなど将来の成長余地は大きく、今後も成長が見込まれますが(現に永守さんは1930年に売上高を今の5倍の10兆円にすると言っています)、直観的にヒヤヒヤするのです。どこかで落とし穴にはまるのではないかと。

 

継承すべきこと、アンラーン(「学習棄却」既に学んだ知識や考え方、習慣などを見つめ直したり、手放したりすること)すべきことを的確に峻別できる人が真の幹部でしょう。永守さんは成功体験が強すぎて、自分が積み重ねた継承すべきことだけで進めようとしているように映ります。

僕は、呉さんも、吉本さんも、関さんもアンラーンしたかったんだろうなと、感じます。そこがボタンの掛け違いです。僕がもし同じ立場だったら、そうしたでしょう。

アンラーンのことはまた今度書きたいと思います。

この道の延長線上に未来があるとは限らない
@アルプス