IOCというムラ社会

事実は知らないし、知りようもないが、今回のオリパラの経緯やバッハ会長などの行動やメッセージを受け止めると、IOCなどのムラ社会度合いが透けて見える。勝手な感覚ではあるが、今までにも同じような小さな社会を見てその生態系のユニークさに、体が拒否反応を示した経験もある。少し書いてみたい。

私の頭から出た言葉が「権威主義」 権威を守るためにお金を集め、お金を使いもっともらしく権威を演出する。何も知らない大物を巻き込み、事実を知らないステークホルダーは深く知ろうともせず騙される。誰も疑問に持たない。集められたステークホルダーの任期は短く、本体の組織構成員の時間軸とは大きく乖離し、違和感を感じてもその時には任期が終わってしまう。自分の任期を大過なく終えることを優先し、ホッとして去っていく。あの人たちなんか変だよねとか、なんで当たり前のように自分の価値観で進められるんだろう?、とか感じてもそれでステークホルダー達はお終い。ステークホルダーをおだて、敬意を払い、意味のあるものだと刷り込む。もっともらしさにお金を使い、その価値を厚化粧というバリアで覆い、中身を隠す。自己満足。国家という権威には阿(おも)ね、権威の傘を利用し自らの権威を大きく見せる。まるで蜃気楼のように。そう感じる、直観的に。そのループがずっと廻り続けてきたのではあるまいか。

それは正に「自己保存の法則」その中に存在している以上、守ること以外のエネルギーは起きない。誰かが止めようと言い出さない限り絶対に変われない。しかし、そう言う人は永遠に登場しない。万が一登場したとしても、全員から排斥される。いわゆる「村八分」だ。なかったことにする。

正に、ムラ社会とはそのようなものだろう。

なぜ、バッハ会長は広島に慰霊に行ったんだ。スポーツと政治は関係ないではないか。権威付けの以外の何物でもない。会長が行きたいと言っても、どうぞ個人的に行ってください。ただし、コロナ禍で外出を控えるようお願いしている以上、やめてくださいとなぜ言えないのか。それにつきそう首長などはどういう気持ちなのか。理解できない。同席する必要などないではないか。そもそも警備費用などなぜ税金で払うのか。もち必要なら会長のポケットマネーで支払うべきだ。銀ブラも呆れかえる。五輪大臣は個人の問題だと!閣僚はStayhomeを国民にお願いしているのに、個人の判断でだって。だったら個人の判断で国民は皆旅行や帰省を自由にやるわな。あんな最低な風見鶏で意見も主張もない議員は存在してほしくない。

話は横道に逸れた。ちょっと頭に来てたんでねw IOCファミリーまで大量に経費(スポンサーが出したお金と税金)で押し寄せ、毎晩パーティーをしていた(今回はさすがにコロナでなかったよう。事実は知らない)なんて、信じられない。でも、これがムラ社会なのだ。ムラの中だけで通用する価値観。おかしいとは言えないのだ。それは塀の中で行われていて決してオープンにならない。帳簿も公開されることはない。

権威なんてないのに、権威の蜃気楼を創り上げたIOC。恐るべきムラ社会だ。

もう、国民はうんざりしたでしょう。もうオリパラに立候補なんて二度と考えないでほしい。もちろん、選手に何の罪もありません。今回も皆さん頑張っていました。清々しく、スポーツの素晴らしさと平和に資する価値を感じました。選手や関係者の皆さんありがとうございました。とりわけ、ボランティアの皆さん。

スポンサーも大変でしたね。CMを止めたり多額の投資をした意味が薄れて可哀想でした。でも、スポンサーがいなければオリパラは成立しないのです。彼らの投資で成り立っている。税金だけではとても行えないのです。

IOCは解体して、世界陸上やワールドカップのような大会の集合体にしませんかね。スポーツは愛すべきものです。しかし、その殻の中で蠢く権威は実に胸糞悪い。そんな夏でした。

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夏の思い出は、清々しいものだけでいい。