「自由の限界」そしてパレスチナの惨状と僕たち

イスラエルが内戦状況になってきた。イスラエルに住むユダヤ人とガザ地区にいるパレスチナ人(パレスチナに住むアラブ人)との排他的な歴史と感情は常に爆弾を抱えたままだった。きっかけがあるといつでもこのような火花が散る。今回は再び火花どころでないほぼ戦争状況になっている。

今ちょうど「自由の限界」という新書を読んでいる。これは読売新聞の編集委員である鶴原氏が、近年世界の知性と言われる21人に何度もインタビューしてきたものを、彼の視点でまとめたものだ。国家と民主主義がどうなっていくのか。賢人たちはどう見ているのだろうか。彼らの言葉に耳を傾けたくなり思わず本屋で手に取った。

イスラム過激派の暴挙、英国のEU離脱トランプ大統領の登場と敗退、アラブの春、極右の台頭、中国の台頭と唯我独尊、自国第一主義・・・近年民主主義が揺らいでいるように感じる。米英が先導してきたグローバル化は破綻してきた。米国を中心とする世界で最も裕福な1%の人がその他69億人の富の合計の2倍になっている現実。富の差による分断はますます進むばかり。

公平をうたう社会主義的主張がどんどん浸透する。ベーシックインカムは正しい道なのか。民主主義はどうなるのだろうか。

鶴原氏は「フランス革命の自由・平等・博愛という理念のうち、米英流のグローバル化と共に自由が過剰に肥大化した。これが現代の深刻な問題をもたらしている。禅の公案のようですが、自由を守るために自由を抑える必要がある」と書いている。その考えが、米国ですらひたひたと浸透してきた。その流れが大統領選における若者たちの社会主義的価値観の浸透だと理解する。

さて、横道に外れた。イスラエルに戻ろう。21人のうちの一人アマン・マアルーフ氏の説明を少し引用する。「第一次大戦時、中東で二つの建国運動が勢いを増します。アラブ王国建設とユダヤ国家建設。前者はトルコ系イスラム国家のオスマン帝国が崩壊過程にある中、帝国内のアラブ圏のアラブ人らが起こした独立への動き。欧州の民主主義の台頭に影響を受け、自らの帰属をアラビア語に求めました。後者はロシアや欧州で虐殺などの迫害に遭っていたユダヤ人が、アラブ圏にある『約束の地』パレスチナで祖国建設を企画した動きです。英国は戦況を有利に導くため、アラブ人に『オスマン帝国に反乱すれば、王国を与えよう』と約束。アラブは反乱し、オスマン帝国の敗北に力を貸します。ところが戦後、英国は約束を反故にして、『アラブ圏は英国の委任統治領とフランスの委任統治領に分割する』などと翻意。その一方でユダヤ人の祖国建設は支持します。オスマン帝国のアラブ圏内の『歴史的シリア』(今日のシリア、レバノン、ヨルダン、パレスチナイスラエルを含む地域)とイラク委任統治されます。アラブ人らは深く失望します。列強に匹敵しうる、広大なアラブ王国樹立の歴史的好機を奪われたと。」

一方「ユダヤ人には強靭な意思と綿密な計画がありました。あらゆる国と接触を重ね、支援者を地道に増やす。アラブの夢は頓挫し、ユダヤの夢は前進します。」そして、「1948年、パレスチナイスラエルが建国されます。エジプト、シリア、イラクなどアラブ諸国は戦争を仕掛けますが、貧弱な軍備と混乱した指揮で敗退します。決定的なのは、67年の『6日戦争』。アラブ諸国を率いたのは、国際的には非同盟主義を指導し、中東では汎アラブ主義を掲げてアラブ統合を唄え、半神のように崇拝されたエジプトのナセル大統領。ソ連の軍備提供で『世界第三の軍事大国』を自負していましたが、イスラエルに圧倒的に打ち負かされる。ナセルに託したアラブ世界の希望が、ある朝一瞬で消えたのです。絶望でした。アラブ人は自己嫌悪し、自信を失い、取り巻く世界を敵視しつつ、勝ち目のなさを自覚する。汎アラブ主義の灰燼(かいじん:すべて燃えて灰になること)から、アラビア語ではなく、宗教を頼りとするイスラム原理主義が台頭します。そして、79年、原理主義イラン革命で政権を取ります。イランは民族的にペルシャで、宗教はエジプトやサウジアラビアなどアラブ諸国の大半がスンニ派であるのに対し、シーア派です。ただ、革命を通じて『反西洋』『統合』の新たな象徴となり、汎アラブ主義の瓦解で生じた空白を埋めた。原理主義は主流になります。サウジは厳格なイスラム主義に転じ、布教に熱を込めます。この流れの行きつく先に米同時テロという爆発があった。」

その後の、米国主導のイラク戦争スンニ派サダム・フセイン政権はなくなり、シーア派の新政権ができたところで、両派は引き裂かれ武力衝突を繰り返す。両派の対立は眠っていた獅子を起こすように各地で正に覚醒していく。歴史の渦に巻き込まれ続けた中東。正に不信、憎しみの連鎖です。すべて人が作ったのです。部分最適は溝を深めるだけ。誰かの幸せは誰かの反発。そこにはほぼ大国の自国利益が絡んできた。

彼は、「イスラエルパレスチナの新たな和平合意は不可能です」という。そんな中での、トランプ氏がエルサレム(現地ではジェルサレムと発音しているように聞こえる)をイスラエルの首都と認める発表をしたことは国際社会を驚かせた。国際社会はエルサレムに対する主権をイスラエルに認めていないのだ。何の権限と合意があって承認したのか、まったくわからない。トランプ氏が米国の利益という名の右派のご機嫌取りにしか見えない。

私は、仕事で2度イスラエルに行ったことがある。経済の中心であるテルアビブと中央官庁が存在するエルサレムだ。実は訪問していた際も、今回よりもはるかに規模が小さいが戦闘状況にあった。ある企業を訪問している際に、空襲警報が鳴り、ビル内の安全な場所(建物の中心部で頑丈な構造になっている部屋)に避難したし、ロケット弾を打ち落とす迎撃ミサイル(アイアンドーム)の迎撃音も聞いた。私が次の地北米に向かった後には、そこまでは届かないとされていた当時のロケット弾が、国際空港近くに被弾し、何日も国際線がすべて欠航し、残ったメンバーは出国できず、生きた気がしない数日を過ごした。

世界でユダヤ人は約1,300万人だとされる。世界の人口が78億人くらいでしょうから、0.16%くらい。実は、例えば世界のノーベル賞受賞者の22%がユダヤ人だとされる。米国人受賞者だけで見ると36%がそうだとされる(2013年のデータ)。いかにユダヤ人が優秀かを裏付ける話だ。迫害され彷徨った彼らには知識や学びに対する高い価値観があるのだろう。私が面談した数十人の企業人、研究者は抜群に優秀で、皆起業家精神に溢れ、オープンで野心に満ち、同時に皆謙虚な人たちであった。

ユダヤ人の国、アラブ諸国とも友好的な関係にある日本。トランプ氏のような、自分の都合で片方に一方的に寄った政治は絶対にしてほしくない。もともとその不幸な関係を作ったのは欧米列強とロシア(旧ソ連)とも言える。極東の小国である日本が、暴挙に出た時代もあった。今や経済大国の看板も下ろしかけているが、世界の平和や環境問題に対しての、追求と模範たる行動が求められているはずだ。残念ながら理念、信念に裏付けされる行動ができているとは思えない。僕たちに見えているのは、目先の問題に汲々とする政治家。すごく情けない。
それは他でもない僕たち国民が情けないことを指していると思う。

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2014.7のテルアビブ。今ここにロケット弾が飛び交っていると思うと、とても悲しい。