松山英樹のコーチ

松山英樹がマスターズで優勝した。そこで話題になったのは目澤コーチの存在。松山選手はコーチを付けずに独力で成長してきたことで知られる。その彼が目澤コーチを中心とするチームを雇い(トレーナー、キャディーを含めた3人)彼らのバックアップを受けて、一気に花開いた結果が今回の優勝だった。

目澤氏の独占インタビューがNPに載ったのが5/5。私も刺激を受けた。私もビジネスコーチの端くれ。彼の話にインスパイアされ、あらためてコーチとはどのような存在なのかを私なりに書いてみたい。

目澤氏はTPIの最高レベルのレベル3のコーチ資格を持つ。TPIとはTitlist Performance Institude(タイトリストパフォーマンス研究所)。ゴルフ用具で有名なタイトリストがスポンサーになって運営されているゴルフ専門の研究所。そこでコーチの養成も行っているのだ。世界ランキング上位の選手の多くは、ここで養成されたコーチと契約していると言われる。従来のコーチは技術のことしか言わない、即ちスウィングのテクニカルコーチ。しかし、それでは選手のパフォーマンスは上がらないと、TPIは言う。技術だけではなく、用具、身体能力、メンタルなども含めた総合的なアプローチが必要不可欠なのだ。

僕なりの解釈をしてみる。例えば、スイングを変えたいとしよう。そこで大切なのは、本人がどのようなプレイヤーでありたいのか。どのようなシチュエーションでどんなプレイをしたいのか。どんなプレイスタイルを目指したいのか。などの思いが重要になろう。そして、世界のゴルフ場はどのような方向で変革していくのか(レイアウトや距離、ハザードなどのデザイン等)。ルールは変わっていくのか。それはなぜなのか。などの洞察などがその背景にあるはずだ。

即ち、自分がどうありたいのかBeing何をしたいのかDoingを明確にすること。それにはどのような技術が必要なのか。そのスウィングを実現するためには関節の可動域や柔軟性、筋力はどうあるべきなのか。それを実現するためにどのようなトレーニングが必要なのか。どれくらい時間をかけるべきなのか。そのプレイスタイルに適したクラブの特性はどのようなものなのか。どのメーカーのどのクラブが最適なのか。改造して実現するのか。ボールも同様。どのようなシーンでどのような戦略を立てるべきなのか。その時精神状況をどのように保つべきなのか。それができるようにどのようにトレーニングすべきなのか。ゴルフに取り組む姿勢が、子供たちや後輩や社会にどのような影響を与えるべきなのか。などなど、それをすべてつながったものとして多面的にとらえて、だからこうすると本人が一番納得して、常に自分と向き合って、研鑽を続けるのだ。

コーチは、それらを多面的にとらえる手助けをする。ああしろ、こうしろと押し付けはしない。なぜか。本人が自分の力で気付き納得して初めてすべてがつながり、苦しいトレーニングを続けられるからだ。納得できなければ続けられない。客観性も失ってしまう。自分を正しく見つめることができなくなる。

だから、コーチには正しく新しい知識と、広い経験と、常に学び続ける姿勢が不可欠だ。コースも道具も、スポーツ医学も、心理学も、ルールも変わり続ける。競争相手もユニークな方法で研鑽を続ける。データを信じ、複数のシナリオを用意し冷静に選択する戦略も、すべてをつなげて総合的に判断・対応しなければならない。

目澤氏はこういう。「(たとえ改善方法が明確でも)一つの答えをパッと出すことが、いい方向に向かいうとは限りません。選手が自分で答えを見つけるまでの工程に時間をかけること」が重要だと。

しかし、選手(クライアント)の性格もいろいろ。その人にあったアプローチをすることが重要なのだと思う。要は、選手のスイッチをどのように入れるか。コーチが入れるのではない。選手自身が入れられるようにコーチがどのように手助けするかだ。ベストセラー「一兆ドルコーチ」の主人公ビル・キャンベルの様に、ずけずけストレートなアドバイスをするコーチもいる。相手の気付きを促し覚醒させるためにとるアプローチは一様ではないのだ。

これからのビジネスコーチのあるべき姿を考えてみたい。今までも同様のことを書いてきたが、人類史上最も変化の激しい時代。今までの延長線上に未来はない。自らが変化を先取りするように変革を続けていかなければならない。政治・社会・経済はどう変わるのか、ビジネス環境はどのように影響を受けるのか、テクノロジーはどう変わるのか、地政学的変化やリスクはどうなのか、経営戦略に影響を与える要素はどう変わっていくのか、人事(人材資本)戦略、知財戦略、マーケティング戦略、財務戦略、アライアンス・M&A戦略、事業開発戦略・・・広い視野と高い視座が求められる。更に、個社や業界の知識もある程度必要だろう。そして何より、事業を遂行する現場でのヒリヒリするような意思決定、葛藤の経験、失敗・成功の積み重ね、リベラルアーツに支えられた知性も後押しになろう。コーチの持つ知識や経験や知性から繰り出される多様なヒントが、クライアントの変革を呼び覚ます

PS.ビジネスコーチングにおいて、上記のような知識や経験は必ずしも必要不可欠ではない。コーチングスキルさえあればコーチングは可能だ。しかし、「1兆ドルコーチ」を読んで、あらためて経験が物を言うことを確信した。コーチ自ら悩み苦しんだ経験を疑似体験できるクライアントは、スイッチを見つけやすいはずだ。

そのような環境にあって、ビジネスパーソンは、BeingとDoingを考え続けなければならない。ところが、現実的にはそれらに正直にちゃんと向き合っている人は少ない。コーチは、クライアントにそれを気付かせ、クライアントは、人生を意図的に生きる意味を理解し、日々の行動を変える。コーチにとって最も大切なことは、クライアントは答えを自分で見つける能力を具備しているという前提を理解すること。そして、クライアントが自ら気付き、答えを発見した時ほど、強い意欲を感じ行動を起こそうと動く、という原則を理解すること。コーチはクライアントに、自己実現のために必要な課題解決能力や、立ち向かうモチベーションを引き出し、顕在化せるためのスイッチのありかを探すジャーニーに送り出す。クライアントは目的地のないジャーニーをコーチに見守られながら進むのだ。コーチのアドバイスや質問は、クライアントにあらゆる洞察をつなげて考えることを要求する。自分のパーパスと向き合うことを促し、「なぜ」の答え、即ち意志のエッジがた立った行動ができるようになる。

私はクライアントによく「鑑(かがみ)」を持ってほしいと話す。自分の心の琴線に触れる文章・言葉を書き下してもいい、手鏡に映った自分を見るのもいい。そこに映るものは「自分の規範とすべきもの」のはずだからです。「今の私は最善を尽くしているのか」と問いかけてもいい、「課題に向き合っているのか」でもいい。自分を見つめることから成長が始まると思っているからだ。

ここまで書いてふと思った。皆さんはこれはプロのコーチの話だと思っているでしょ。それは大きな間違い。企業におけるコーチングはマネージャやリーダーに共通して必要とされる行いだ。部下やチームメンバーがエナジャイズされやりがいを感じて仕事をしてほしいですよね。そしてその結果、大きな成果がついてくるとしたら、そんな楽しいことはありません。チームは活性化され、協力し合って更に創造的な仕事にチャレンジするでしょう。そこに必要不可欠なのがコーチングです。上司による日常のコーチングがとても重要なのだ。おざなりな1on1をしている場合じゃありませんよ。

もちろん、多様な経験をした第三者のコーチの存在は、更に大きな行動の変化を生むでしょう。組織バイアスは必ずある。気付かないうちに染まっているものです。本当の問題点に到達するためには、離れたとことから俯瞰できるコーチの存在が役に立つことは間違いない。

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どこに向かうのか、どの道を選ぶのかは、自分で決めるしかない。