■ジョブ理論
故クレイトン・クリステンセン教授が「ジョブ理論」を書いたのが2017年。私はその年に読み、企業は顧客に何を提供すべきかを学んだ。顧客は何を求めているのか? その問いに対し正解を答えられる人がほとんどいない事実も知った。私たちは見誤っていた。
顧客にとって必要なのは、プロダクトやサービスではない。必要なのはプログレス(進歩)なのだ。私たちが向き合うべきなのは、顧客が片付けたいジョブは何なのかだ。それがJTBD(Job To Be Done)。「どんな“ジョブ(用事、仕事)”を片付けたくてあなたはそのプロダクトを“雇用”するのか?」だ。「私たちが商品を買うということは基本的に、なんらかのジョブを片付けるために何かを『雇用』するということである。その商品がジョブをうまく片付けてくれたら、後日、同じジョブが発生したときに同じ商品を雇用するだろう。ジョブの片付け方に不満があれば、その商品を『解雇』し、次回には別の何かを雇用するはずだ」私たちは、顧客が特定の状況で成し遂げようとするプログレス(進歩)を理解しなければ話にならないのである。顧客は何を成し遂げたいのか? 実はこれが最も難しい。だから、ほとんどの新製品はお蔵入りになるのだ。何かを成し遂げたい(進歩したい)(=ジョブ)から使う(消費する)のだ。
クリステンセン氏の話で有名なのは「ドリル」の話。工具店にドリルを買いに来る顧客はどのドリルにするのか迷っている。それを見た工具メーカーのマーケターは、何を悩んでいるのかを想像する。価格なのか、性能なのか、使いやすさなのか、重さなのか、取り付けられるドリルの種類なのか・・・ もう少し安価にしなければだめだ、値引こうか・・・ ドリスの種類を増やさないと家庭でのユーズケースが少ないな、増やそうか・・・なんて考える。それらは根本的に顧客のジョブを見誤っている。顧客は何を雇用したいのか? ドリルを雇用したいのか? 顧客は「穴」を雇用したいだけなのだ。穴の開いた板でもいいし、穴を開けるくれる人がいたら頼めばいいのだ。ミルクシェイクの話も有名だ。朝通勤で1時間も車の運転をするドライバーがいつも寄っていく店がある。彼らの多くはなぜかミルクシェイクを買っていく。店はさらに売り上げを伸ばそうと、他の飲み物のメニューを増やす。しかし、まったくそれらは見向きもされない。なぜか? 店は顧客のジョブを分かっていないからだ。顧客は1時間のつまらない時間のお供を雇用したかったのだ。濃厚で飲みにくくてちびちび飲み続けられる相手を雇い、旅のお供にしたかったのだ。
私たちは顧客のジョブを分かっちゃいない。ニーズでもない、データを解析しても分からない、そして顧客にヒヤリングしても実は分からないのだ。ドリルを買いに来た人は穴を雇いたいとは絶対に言わないのだ。
クリステンセンは、どうやったらジョブをより具体化できるかのヒントを書いている。
「ジョブを理解するには努力が必要で、その努力は多くのマネージャーが長年実践してきたデータや数字に頼るやり方に反するものだ。
短編ドキュメンタリー映画を風に頭の中で撮影すると理解しやすい。
①その人が成し遂げようとしている進歩は何か。
②苦心している状況は何か。
③進歩を成し遂げるのを阻む障害物は何か。
④不完全な解決策で我慢し、埋め合わせの行動をとっていないか。
⑤その人にとって、よりよい解決策をもたらす品質の定義は何か。また、その解決策のために引き換えにしてもよいと思うものは何か。
この5つの問いに答えることで、ジョブをより具体化できるようになる。」と。
ジョブを理解するためには、数字ではなくストーリー、そして体験が重要だ。ここで理解しなければならないのが、デザインシンキングなのだ。デザインシンキングの中核にある重要なアプローチが「観察」や「共感」なのはそのためにあると言っても過言ではない。
■共創
「ジョブ理論」はイノベーションを成功させるための王道のテキストだ。しかし、詳細をここで述べるべきではない。本を読んでほしい。私がなぜクリステンセンを持ち出したか。それは近年猫も杓子も「共創」「協創」「Co-Creation」というが、実は成功している、即ちイノベーションを成功させた例が少ないことに、警鐘を鳴らしたいのだ。
「イノベーションは顧客の声から生まれる」のだろうか? 先ほども書いたように、顧客の多くは「JTBD」が分かってはいない。したがって、「否」 だから例えば、「どんな商品が欲しいですか?」と問えば、性能があと3割くらい高いと嬉しいとか、もっと良い音が欲しいとか、納期を2割短縮したいとか、「JTBD」と関係なさそうなことしか言ってこないものだ。
そもそも、私たちだけでなく、顧客もすべてバイアスだらけだ。固定観念に縛られた声に耳を傾けて意味があるのだろうか。顧客のストーリーはフィルターを通して語られる。その裏にある本当の「JTBD」は声を聴いても分からない。観察するしかない。もちろん多くのケースは、顧客の顧客を観察しなければわかるまい。
そして、ある特定の顧客の観察をするだけではほぼ見間違うだろう。多くの顧客を多面的に観察して仮説を立てて、他の顧客に確認するというサイクルと、仮説をピボットしながら素早く数多く繰り返さなければならない。
共創という言葉に惑わされてはならない。本質は「JTBD」を理解すること。その手段として「共創」を否定するつもりはないが、顧客の声を信じてはならない、ということを肝に銘じてほしいのだ
だいたい、新しい事業に挑戦する、マーケターや、セールス、研究者、デザイナー、技術者などすべての人たちは、以前に紹介したような文献やクリステンセン氏の著作などを、最低限ちゃんと読んでほしい。その準備なくして新事業開発などを語るべきではない。ルールを知らずに碁会所に行くようなものだよ。