事業拡大と逝ってしまった師

■事業拡大という当たり前と闘う

企業において、売上や利益を伸ばし続けるのは重要な課題だ。しかし、それは尋常な難易度ではない。もちろん、ブルーオーシャンな事業を持ち参入障壁を確立していたとしても、それは永遠ではない。更に、競合が現れないとしてもマーケットはいずれサチる。運が悪ければ、破壊的イノベーターが現れ、左団扇は短期間で終わるだろう。

結局は、企業は現事業は梃入れをしつつ、漸減を前提として事業ポートフォリオの入れ替えや新規顧客の獲得を常にチャレンジし続けるしかない。

決して営業マンのノルマをかさ上げしてプレッシャーをかけ続けることに、解を求めてはならないのだ。いかに効率的に事業を拡大するかには王道がある。

B2Bの事業を考えてみよう。新規の顧客を獲得するのに無差別に絨毯爆撃するのはナンセンスだ。マーケティングコストの無駄遣いなわけだ。まずは、財布の大きな顧客を狙うこと。IT事業であれば、IT予算やIOTなどDXの予算(財布)が大きい顧客から狙うわけだ。そして、顧客の成長に目を向けよう。伸び盛りの企業であれば、今の財布は小さくとも財布は拡大の道を進むだろう。まずは少額でも受注を獲得し、それを糸口に事業を広げていくことを狙うわけだ。三つめは既存顧客を狙うことだ。長年顧客との信頼関係があれば、それを梃子にして他の部門に攻め入るわけだ。情シスが顧客であれば、CMO管轄のマーケティング部門を責めるとか、DXを担う生産部門にアプローチするとかだ。信頼関係があるのであれば、情報をいただくとか責任者を紹介してくれるだろう。要するに新規に顧客をハンティングするよりはるかにマーケティングコストが少なくて済むのだ。少なくとも、信頼がある、どこの馬の骨だか分からないということはない。それに、事情が分かっている。その顧客の経営課題や成長戦略、役員構成や組織構造、役員の人となりや異動経緯、即ち何をしようとしているのか、誰にやらせようとしているのか、お金の流れやキーマン周辺の構造もおおよそわかるだろう。戦争(ゲームでもよい)を想像しよう。明らかに闘いは有利なはずだ。敵よりは正確な地図を持っているのだから。生産性のことを語るのであれば、既存顧客にアプローチする以上の効率性はないだろう。

しかし、もちろんそれだけにフォーカスしてはならない。新規顧客へのアプローチも前述の視点で並行して戦略的に進めなければならない。

近年はMAマーケティング・オートメーション)も定着してきた。プロスペクト候補層がターゲットコンテンツにアクセスした情報や、展示会やセミナーに参加した情報などを分析し、自動的にリードを絞っていくのだ。とはいえ、営業に情報を提供しても「そこは狙っていない」とか、「そこのことは俺が一番分かっている、余計なことをするな」的な昭和の時代の匂いがする価値観丸出しの壁にぶつかったりもする。その壁を乗り越えるために、営業マンとターゲット企業を共有して、そこにフォーカスしたMAを行うABMアカウント・ベースド・マーケティング)も浸透してきた。知りたい人はググってください。たくさん載っています。

世は「働き方改革」。残業時間を減らすことが目的だと、バカバカしい理解もまかり通るのが情けない。本質は生産性を上げること。企業は最も古典的な一人一人の経験に培われた勘と度胸に頼った「営業」を、改革しなければなりませんね。

 

■巨星堕つ

ご存じの通り1/23に「イノベーションのジレンマ」があまりにも有名なクレイトン・クリステンセン氏が67歳で亡くなった。世界で最も影響力のあった経営学者だ。実は前職(NECCMO)の時2015年に彼を自社のフォーラムに招聘した。その時は、「これが最後の来日だろう」とも言われ、多くの企業経営者がその講演やパネルディスカッションに聴き入ったものだ。私も、そして当時一緒に新規事業を開発していた仲間たちも皆深く影響を受けていた。彼の教えを受けて事業創造の考え方やプロセスは大きく変わったと言っていい。確実に成果は出始めているのだ。彼の死を惜しむ人は後を絶たない。

以下に、彼に係る過去のブログを転載します。

 

2017/07/31  「暑い夏を乗り切ろう。企業研究会とカネヴィン・フレームワーク

■新規事業創造の悩み

一般財団法人 企業研究会”からの依頼により7/18に、「新規事業開発担当幹部交流会議」で当社の新規事業開発の取組に係わる講演を90分行った。その後のワークショップや懇親会にも参加し、約40人の各社事業開発幹部の深い悩みに共感しながら、濃密な半日を送ってきた。

同法人は昭和23年に発足した由緒ある団体だ。復興に貢献することを目指し集まった経営幹部の勉強会から発展し、今日に至っている。1,400社が参加する大法人で、研究交流事業、公開セミナー事業とビジネススクール事業を行っている。私が参加した交流会議は1年ごとに参加者を募り、異業種が集まり相互啓発と新規事業開発に繋がるネットワーク形成を目的としている。同様の悩みを持つ人たちの集まりのようだ。

90分話し続けるというのはなかなかしんどく、私自身が何を話したいのかの吟味から、裏付けとなる事例や書籍の内容やデータの整理、シナリオ作成、パワポ作成などなど結構大変だった。事業イノベの方に支援してもらい、単刀直入を旨としたプレゼンと議論ができたと思う。NECの悩みと葛藤のほとんどは各社も同じと感じたし、当社の取組は各社から見ると相当進んでいると映っていて、とても参考になったようだ。

以前にも書いたと思うが、クリステンセンがいうように大企業にはイノベーションは起こしにくい。CDOフォーラムでも出たが、ちゃんとした企業に染み着いた“ロジカルシンキング”がイノベーションの芽を摘んでしまうのだ。「市場規模は?」「回収まで何年かかるのか?」等々細かいことまでロジカルに埋めるコトを要求する。そもそも、新しい事業を探索しているIdeateの段階ではやってみなければ分からない段階なわけで、そんなこと分かるわけはない。それをダメ出しする上司がいるから芽を摘んでしまうのだ。(プロセスは事業イノベのサイトに詳細が出てるからね)だからMVPを使ってリーンに顧客探索を行うわけだ。そこで大切なのは、CDOフォーラムで出た“Test&Learn”の発想だ。やってみてダメならピボットするか止めれば良い。そこに不必要なのがPDCAのプロセスなのだ。

既存事業はロジカルシンキングPDCA。新規事業はデザインシンキングでリーンスタートアップでTest&Learnなのだ。

ここで大切なのがクリステンセンの教えだ。大企業でイノベーションを起こすならば、①買収した企業にやらせる。②その事業をスピンオフ(切り離して)別会社にしてそこでやらせる。それしかない。それがどうしてもできないなら、③社内で従来の事業ラインから切り離して隔離した環境で行うのだ。なぜかって? さっき言ったように既存事業をしている組織知であるロジカルシンキングPDCAが新規事業を潰してしまうからだ。

この交流会でも、多くの人が「そうだそうだ」と仰る。「軒並み潰された」と。「新規事業をやれと言っておきながら潰す幹部の対応によってデモチになりやってられない」と。日本企業は本当にダメだね。ダイナミックに企業文化は変えられないし、変えられないならやり方を変えるしかないのに、トップの理解とリーダーシップがないから変わらない。トップ自らが潰してしまう。

やろうと思えばできる。意志の問題。当社もまだまだ。頭が堅い人ばかり。先日も事業部長のコミュニティーである“SessionJ”に参加したけれど、皆が自ら言っていることは、要は事業部長の再教育が必要だということだ。自分でははっきりとは言わないけどね~(笑)

 

■Cynefin Framework(カネヴィン フレームワーク

ある回の“SessionJ”に出たときにこの話を聞いた。世の中に起きる問題を分析すると4+1に分類できる。1というのは、まだ問題が何か分かっていないもの。いわば“混乱”。それを除けば4つに分類できる。

Obvious/Simple(単純系とか自明系と呼ぶ)原因が明確で誰でも分かる課題。自明。

Complicated(煩雑系とか困難系と呼ぶ)こみ入っていて分かりにくいけれど、専門家の助けを借りるなり分析すれば論理的に原因が分かる課題。因果関係は明確なわけだ。

Complex複雑系とか複合系と呼ぶ)いくら分析しても解けない。因果関係は後から振り返ることによってのみ分かる。やってみなければ解決できるかどうか分からない。失敗して学習するしかない。

Chaotic(カオス正に混乱系と呼ぶ)突発的に起こりともかくすぐにその状況から脱出しなければならない課題。因果関係が存在せず危機的状況。危機かも知れないけれど機会かもしれない。リーダーシップはカオスから抜け出すこと。

我々は問題に直面したとき、その問題の種類によって解決の方向が違うことなんか意識せず一生懸命何とかしようとする。原因がそもそも分からない問題なのに、一生懸命原因究明しようとしたり。③複雑系の問題に対して原因追及型の問題解決に注力するケースはとても多いと思われる。その様に間違ったアプローチをしても答えは出ないし、場合によっては関係者のデモチになったりもする。 さて分類に戻ろう。この四つの中で大きく違うのは①②と③④の間に大きな差あると言うこと。右の絵でいうと右と左(青と赤)の違い。①②(右)は解決のプロセスが明確で秩序的でルーチン化することができ、マニュアル化することもできるだろう。それによって「ちゃんとやる」ことを旨とする統制が重要だろう。それに対して、③④はルーチンなどないし非秩序的で挑戦的だ。これは根本的に違う。

我々は顧客の課題を解決すること自体が事業だ。その事業とはほとんど顧客の①②の解決だった。顧客の課題は明確もしくは分析すれば分かったのだ。ネスレの高岡CEOはこう言う。Conscious Problem(気付いている/自明な問題)を解決するのはRenovation(修理、改変)であり、Unconscious Problem(気付いていない/無意識の問題)を解決するのがInnovationだ。現在我々の前に横たわる顧客の課題にはConscious Problemはもはやほとんどない。あるとすれば改善もしくはクリステンセンのいう持続的イノベーション(価格を2割安くするとか性能を2割良くするなど)でしかない。我々が立ち向かわなければならないのは顧客のUnconscious Problemの解決だ。それが伸びしろであり、できなければ事業は細るしいずれ自然死を迎えることになろう。

さて、気がついたでしょう。Conscious Problemの解決が①②(右)であり、Unconscious Problemの解決が③④(左)と置き換えても良い。

我々は①②の事業をずっと続けてきた。そこに染み着いた我々の文化はロジカルシンキングであり、PDCAだ。それによりより効率的により正確に問題を解決するのだ。これは言うまでもなく当社の言う2階建ての経営手法の1階であり、即ち継続的に事業を安定的に続けるために必要なプロセスであり、2階即ち新しい事業を興すプロセスには全く不向きで、前にも書いたようにイノベーションをすべて潰してしまう。正に③がベンチャーの向き合っている領域であり、やってみなければ分からない課題なのだ。そこに必要なのはデザインシンキングでありリーンスタートアップでありTest&Run(前回書いたよね)(試してピボットを高速に繰り返す)なのだ。

違う種類の問題を染み着いたいつものやり方で解こうと思っても上手くいかない。リーダーは目の前に横たわる問題の種類を慧敏に見分け、どのように解決すべきなのかチームをリードしなければならないのだ。

右は準備を怠らず、ちゃんと計画してちゃんとやる。ロジカルに考えてPDCAを回す。その手法を教え、管理する。左は、トライしてその結果で判断しよう。責任は私がとるからチャレンジしよう。リーダーの振る舞いは右と左で全然違うのだ。リーダーによっては右しかできないとか、イケイケの左しかできないとかのタイプがいる。両方のマネジメントスタイルを使い分けられる人は多くはない。であれば、どうするのかを考えて欲しいのだ。適任者に分担してもらうとか。事業イノベに任せるとか。それができないと不幸なのは部下だ。

一般的には一つの組織の文化、それもロジカルシンキングで効率的に大量の課題を解決することによって成長してきた組織に③は難しい。失敗することを当然と考え、試すことが唯一の課題解決である③は許せないのだ。だから大企業にイノベーションは起こせないと言われる。それは紛れもない事実でそれを乗り越えるのは難しい。

イノベーティブな組織は②と③を行き来していると言われる。困難な課題も分析して理解して解決する②が、時々出てくる分析しても経験でも分からない課題を、試しにやってみてダメなら繰り返す③、結果失敗しようが成功しようが学習した知恵として②に活かしていく。その行き来を自然と行っているのだ。大きな組織の中で自然と違うやり口で問題に取り組んでいるのだ。

先ほどの話のように、イノベーションを起こせないと成長はできない。価格争いでレッドオーシャンを泳ぎ切れるとは思えないマーケットでは、イノベーションしか我々を救う手段はない。(イノベーションと言ってもテクノロジーとは限らない、ビジネスモデルのイノベーションなど方法は多々あり)従い、イノベーションは起こせないと諦めるわけにはいかないのだ。どうすれば良いのか。クリステンセンのいう三つの方法を多面的に取り入れるしかない。ご存じの通りFintechベンチャー創薬ベンチャーを起業した。今後もいろいろなやり口をチャレンジしていくだろう。プロの選択肢を学ぶことだ。事業イノベが支援できる。あとは既存事業を遂行している事業ラインでどのようにイノベーションを起こすのかだ。イノベーションを阻害する要因を排除するのか? それが難しければ、事業イノベと協力し合って支援をもらいながら新しいやり口(プロのやり方)にチャレンジするかだ。

CDOフォーラムと企業研究会。DXができる企業しか生き残れない時代を泳がなければならない我々は、学ばなければならないことがたくさんあると思い知った。いや、学ぶのではなく、もはや実践あるのみだろう。強い意志でやりきるしかないのだ。

■誤解しないで

右と左、1階と2階。どちらが良くてどちらが悪いという問題ではない。違うことを理解し、やり方を変えないと絶対に上手くいかないということ。

前にも書いたが、イメルトが言うように、企業の中でほとんどの人は既存事業をちゃんと正確にやり、正常進化を続けることによってキャッシュを得続けることに集中し、一部の人がリーンスタートアップのやり口(GEは名前を付けているがやり方は我々とほぼ同じ)新規事業を創造することにチャレンジする。全員前者でも会社は自然死の道に進むだけだし、全員後者なら早晩倒産だ。

後者は小さく産んでスケールさせる、即ち運良く大きなビジネスになるとしても時間がかかる。早いにこしたことはないが魔法もなければ飛び道具もない。プロが最も効率よくマネタイズする道を探すしかない。

イノベーションは数の勝負”というのも真理。しかし、プロは短期にスクリーニングする。お金をかけずにスクリーニングする。会社の事業ドメインやビジョンに合わなければ検討しない。VCはとても厳しく審査する。彼らだってビジネスなんだ。有限の投資資金を何に投資をすれば効率的に回収できるか? プロの目で選び支援する。VCは厳しいけれど社内はゆるいなんてあり得ないんだ。社内だってプロの審査とアドバイスで事業を効率的に成功させスケールさせなければならない。あなたの上司がVCと同様のプロの目を持っているのだろうか? 常識的に見てまずない。VCだって一流の目利きはそうはいないんだ。だから外の力を借りたり、事業イノベにプロを育成したりしているのだ。

企業研究会での私のプレゼンの最終ページは

「大企業にイノベーションは起こせない」

 

「やり方を変えなければ・・・」

とした。

当社は右で成長してきた。企業のほとんどがそうだ。それをやりきる実力(QCD)を十分持っている。困難なOMCSを作りきる実力は秀でているし、根性も据わっている。その能力は絶対に停滞させてはならない。(最近ちょっと曇ってきたかなと案じていはいるが。)

そのパワフルなエンジンはフルパワーで吹かしながら、左のコンバクトな新世代エコエンジンが今まで行ったことのない世界に踏み込んでいく。そんな双発エンジンの会社になりましょう。