ブランドと意志

■ブランドマーケティングの楽しさ

ティファニーの業績がよくないらしい。最近読んだ記事によると、日本でもてはやされているあるファッションブランドが(名前は忘れた)本国では悲惨なことになっているらしい。理由は簡単で競争相手が増えたからとのこと。日本ではそれら競争相手は参入していないので、日本人は知らない。差別化なんて脆いものなのだろうか。

ファッションブランドの差別化って何だろう。常に時代の先を行く尖ったメッセージを出し続けることの難しさ。もちろんそのためにデザイナーという存在があるわけだが、齢を重ねるごとにその切れ味は弱まり、ブランド価値は失せていく。某ファストファッションブランドのように、機能性を追求してもすぐに同様の機能は普及してしまう。

最近では日本で有名なスポーツファッションブランドが韓国で不買運動の対象になっていたりもする。実は韓国人は最近までそれが日本のものだと知らなかったようだ。

人間はどこまでアバンギャルドを求め続けるのだろうか?

そんなの一部の先進国だけでしょ。という向きもあろうかと思いますが、新興国の何処に行こうが尖った人(地元のファッションリーダー。多くの場合は疎まれるw)はいるわけで、彼らが新しいライフスタイルを提案しフォロワーが大量に発生するのだ。

先ほどの企業、本国北米で業績が悪化しようが、新しいマーケットに誰よりも先に進出し、日本で成功したように市場開拓していく手が、残されている。イタチごっこだけれどね。戦略は戦略。地域に浸透するマーケティングがあれば、何年か(寡占すれば更に何十年か)ブランドリーダーとして存在し続け、美味しい汁を吸えるかもしれない。

ブランドを維持するために投下するコスト。マーケットの成熟との時間軸の整合。前回の話に通じてきた。これは、CMOとブランドマネージャがひとえに責任を持つ分野だ。楽しいだろうな。

 

■充実

充実感ってなんだろう。以前に勤めていた会社では責任あるポジションにつき、成果を出すことが使命だった。勝手にそう思っていた。部下のロールモデルになる上司。自分が担当する組織の枠を超えた全社的変革を実現するために、僕自身が目くじらを立ててやるべきことを貫く姿勢を皆に見せたかった。自分の枠に閉じこもっている人たちが腹立たしかった。世間知らずの人たちが情けなかった。同時に、マーケットを冷静に見ている人に限ってオピニオンリーダになろうとしない。なぜだろう?貧乏くじを引くからだ。尖った意見を言う人は疎まれるのだ。日本においてはよくある景色ではないだろうか。

僕たちは仕事を通じて何を成し遂げたいのだろうか。一度考えてみた方がいい。これは人生観仕事観そのものだ。なぜ頑張るのか?人生の意味は?生きがいは何か?仕事の意味は?仕事と社会の関係は?などは考え抜いたほうがいい。

そんなことは考えたこともない。それは普通の感想。しかし、考えてほしい。考え抜いて書き下してほしい。私のクライアントにはそれを推奨している。考えて、考えて、これしかないというように、自分の感性にぴったりの表現を突き詰めてほしい。どんどん自分を掘り下げるのだ。

それは分かりやすければ分かりやすいほどいいと思う。それが、尊敬に値するものであれば、あなたはその時点で立派なリーダーだ。

流れに身を任せた人生。ちょっと格好いい。でも違う。

意志ある人生を送ろう。

 

■僕の目標

“企業変革”。言い続けてきこと。今までの延長線上に未来はないから。

今のままでいいのですか? あり得ないでしょう。

とはいえ、バイアスまみれの組織。ムラ社会。それを牛耳るオッサン…。

そんなのぶち壊せ! 

それができる人を育てたい。性根に正直な人を育てたい。闘う人を育てたい。

そんな人たちが未来を創るのは間違いないから。

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道は常に開かれている