前回の続きを書きます。まだお読みでない方は是非読んでから本編をお読みください。
いわゆる新規事業、即ち既存事業とは全く異なる製品やサービスを開発したり、開発するのではなくスタートアップを買収することによって、その分野に進出することを考えている企業について考えます。この論文(前回)ではこう述べています。「このようなリスクを伴う動きは、大きな可能性を秘めている。とはいえ、従来の企業体制では却下されることが多い。なぜなら、さまざまな部門の責任者やステークホルダーの間で容易に合意形成することはできず、承認を得られないからだ。」「この状況はまさしく、企業が何者をも恐れず取り組まなければならない場面だ。あるいはランペルの言葉を借りるなら、『合意よりも確信を優先すべき』場面である。」
前回も書きましたが、アメリカでもそうなのですから、日本では言うに及ばず前回書いた通り、不確実性を前にしてステイしてしまう典型的なシーンだと思います。
ここで、VCの実例を取り上げます。「著名なVCのファウンダーズ・ファンドでは、少額投資なら7人のパートナーのうちだれか一人が有望だと認めれば、まさにアーリーステージ(最小の体制で開発初期にあり、まだ売上がほぼない時期)にあり、それゆえに最も不確実性が高い時に行われる投資先候補への投資であっても自由に行える。しかし、投資額が大きくなると、承認に必要なパートナーの数も増えていく。それでも、いかなる場合であろうと、全員の合意は必要ない。最大規模の投資でも、7人中5人が賛同すれば投資に踏み切ることができる。」
これには、多くの皆さんが首を傾げるかもしれない。VCというものは何よりもスピードを重視する点、リスクテイクなき成長なしという価値観が当たり前だからだと思います。しかし、我々の存在しているマーケットも同様だと考えてほしい。漸進的(確実性が高く、急激な変化がなく少しずつ確実に成長していくこと)な事業で全社の未来が約束されているならいいが、そんな企業は存在しないだろう。BCG(ボストン・コンサルティング・グループ)のPPM分析(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)のことはみなさんご存じだと思いますが、「金の成る木」も皆「負け犬」に変遷していく。時間の問題なのです。常に新しい事業ポートフォリオを創り出していかなければ企業は生存できないのです。
前回VCの一種の逆張りのアイデアの話を書きました。それを重要視するのは、誰でも思いつくアイデアに価値はないからで、逆張りが桁外れのリターンをもたらすからにほかなりません。つまり、「時として、型破りなアイデアが秘める可能性を理解できるのは、その場でただ一人ということもありうる。そのため、VCはその人物の意見を聞かなければならないと認識している。だからこそVCは、その場にいる誰もが意見や懸念、対立する見方を表明できる環境づくりに心を砕く。成功しているVCで、個人の声が集団にかき消されることはない。」「とはいえ、この基本原則を声高に主張するだけでは十分でない。具体的な仕組みやプロセスが必要になる。それがなければ、集団はすぐに単一のアイデアに収れんする傾向があるからだ。しかも、自分たちがそうなっていると気付かないことが多い。よく知られているこの現象は、特に大企業に蔓延している。」いかがですか? 皆さんの会社もそうではないでしょうか。多くの方は耳が痛いと感じていらっしゃることでしょう。これは新規事業の場合だけではないですよ。あらゆる議論がそうなっているのではないでしょうか。このような企業カルチャーを変えられるのはリーダーだけです。
こういう現象もよくあります。それは「グループシンク(集団浅慮)」です。これも以前に書いたと思います。これは、集団で合意形成することによって、個人で考えたアイデアよりも質が悪い結論を出してしまうことです。例えば、ボスやうるさ型が言ったことに盲目的に賛同し考えることを止めてしまったり、グループの中に専門家と思われている(or本人が主張している)人がいると、同様なことになってしまうのです。この論文でも「特にシニアメンバーや、その分野に精通していると思しき人物の意見に影響を受けると、意思決定が性急になされていた。」と。 このような集団浅慮の危険性は多くの人が指摘してきました。「しかし、集団浅慮の克服は難しく、ほとんどの組織がその問題を解決できていない。VCはこの落とし穴を避けるため、3つの戦術を駆使している。」といいます。
これがなかなか素晴らしい。というのは、それほど難しくないからです。是非皆さんも真似てください。まずは、「チームの規模を少人数に留める」ことだ。パートナーシップ型VCの多くは、パートナーが3~5人しかいない。ジュニアメンバーが参加する場合も、議論は打ち解けた雰囲気で肩ひじ張らずに行われる。」VCではないが「アマゾン・ドットコムでは、出席者が10人を超える会議はめったにない。」という。これには明らかな理由がある。「少人数でのコミュニケーションは迅速かつ明快で、責任の所在も明らかだ。そのような環境は意思決定を合理化するだけでなく、革新的な成果を上げるために欠かせない多様な意見に耳を傾け、考慮することにもなる。」 ごもっとも!
二つ目が、「事前に意見を求める」だ。「多くのVCは会議の前に、投資機会に対する意見表明をチームメンバーに求める。出席者は(中略)事前に説明を読み、個別に意見を提出し、それから他のメンバーの意見を聞くことになる。」 この効果は明らかだろう。参加者のオーナーシップを高め、事前に提出することによって多様な意見をテーブルに乗せて、集団浅慮に陥りにくくさせているのです。日本の会議にはオーナーシップを感じない参加者がいかに多いことか。皆さんもそう感じるでしょ。
そして、三つ目が「まず若手に発言させる」だ。これは想像がつきやすいでしょう。「最初に若手の従業員から発言させることで、硬直化した権力構造の打破に繋がる場合もある。人はその場で最上位の人物にすぐ注目し、その意見に従う傾向がある(上記集団浅慮)。そのため、経営幹部は口を閉ざし、他のメンバーに発言させるのが最善の手法となる。取締役会であれ、VCの会議であれ、大統領執務室であれ、それは変わらない。」
なんと素晴らしい指摘でしょうか。これらは、会議の内容を問わず、日々行われる会議の席で有効な手段でしょう。そして、皆さんも今日からでもできることですね。
皆さんの所属する日本企業の会議の景色は、どのようなものだろうか。どのような合意形成をしているのだろうか。上記のような自由な意見交換ができているだろうか。侃々諤々な議論がされているだろうか。もしかすると、全会一致の暗黙の原則があったりするのかもしれない。しかし、不確実な世界で闘っている世界で、多様な人材が同じ判断をするケースはそうはないのが普通ではないだろうか。「IPO(新規株式公開)比率が高い(成功パターン)VCはたいてい、意思決定において全会一致のルールを敷いていないことがわかった。全会一致を求めるVCは往々にして、IPO比率が低かった。未知数の要因が多く、不確実性の高い状況では、業績が悪化する傾向が強かった。」「VCとは異なり、企業は合意形成を求めがちだ。気の遠くなるほど長い意思決定プロセスについて報じる記事は後を絶たない。」
意見は不一致が普通なのです。日本企業の多くの参加者は黙っているだけです。多様な意見を戦わせたうえでリーダーが結論を引き取ればいい。リーダーとはその責任を負うべき人なのだから。
皆さんはどう感じただろうか。VCの特徴を考察すると、特に日本企業は学ぶべきことが多かったのではないだろうか。
最後に一つ付け足しておきたいと思います。これも以前に書いたと思います。アマゾンの2ウェイドアの話です。ドアをイメージしてください。普通は押すか引くかですね。西部劇に出てくるガンマンが出入りするバーのドアは、押して入るけれど、入っている人も押して出てくるでしょう。即ち出入り自由の2ウェイドアですね。アマゾンでは意思決定の場でこれを実践しているのです。新しい取り組みをやるかやらないかの議論を想像してみてください。日本では野中名誉教授が指摘する3つのオーバーが繰り広げられ、あーじゃないこーじゃないと差し戻されるわけですが、アマゾンでは「やってみよう」「ダメそうだったら止めればいいから」と速攻でゴーが出るのです。日本では始めたら止められないとでも言うのか、慎重を期してやりすぎの議論を繰り広げなかなかスタートしない。それと大違いでしょう。不確実な世界では試してみなければ分からない、が正解なのに、試すことも躊躇している。それでは勝てるはずもありませんね。
そして、その案件を担当している人はやってられません。自社がスタートするときには既に他社が始めていたり、マーケットは変化してしまっていたり、新しいテクノロジーが出ていたり… 2ウェイドアを実践するのと3つのオーバー企業とでは、働く人はどちらが幸せでしょうか。慶応大学教授の前野さんをご存じですか。「幸せ学」で有名な方です。ウェルビーイングの研究者で、著書もたくさんあります。彼が、「幸せの4因子」を説いています。そのひとつ目が「やってみよう因子」なのです。正に2ウェイドアが社員のウェルビーイングに繋がることを指摘しているわけです。
まさに、「不作為の過誤」の被害者は社員なのかもしれません。